Open Heart〜密やかに たおやかに〜
1、彼
彼が一歩足を踏み出すたびに、黄色い銀杏の葉が舞い上がる。
彼がコートを翻す姿を見ていると、徐々に頭が左に傾いてしまう。
彼を見た女の人が、通り過ぎた彼の背中を呆けた顔して見送っている。
彼が近くなるたびに、全身の力が抜けていく気がする。
膝に置いていた文庫本がするりと地面に落ちていった。ハッと気がついて落ちた文庫本へ手を伸ばす。
すると、私より早く文庫本を拾ってくれた人がいた。文庫本についた砂を軽く払ってくれた人。そう、拾ってくれたのは『彼』だ。
「また、居眠りでもしてたのか?」
見上げると、彼の笑顔が見えた。
彼は拾い上げた本を私へ向けて差し出してくれる。急に細くなった瞳、口角を上げたときに出来た頬の笑い皺が、男っぽくて素敵だ。
「違うの。ちょっ、ちょっとした手違いで」
こちらへ歩いて来る彼に見とれていた為に、本を地面に落としたとは、絶対にばれないように必死で誤魔化す。
「手違い? そりゃあ、興味深いなゆっくり聞かせてもらおうか」
私の隣に腰をおろし、私の背中に腕をまわす彼。ドギマギしながら、肩をすくめて彼を見上げる。
「本当は、どうして本を落としたんだ? 理由をきちんと説明してごらん。ん?」
お見通しなクセに少し意地悪を言う彼。
私の顔に彼の顔が近づいてくる。蜜を振りまくような彼の甘い笑顔に、やっぱり目が離せなくなる。
本を落とした理由はね……
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