Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「……」
キョトンとした表情で私を見るシュウちゃんに私は急いで話しかけた。
「か、顔色悪かったので、課長…だ、大丈夫ですか?」

「…ああ」

私が立っている場所まで何歩か歩いて近づいてくるシュウちゃんを、なんとなく緊張しながら見ていた。


「あの、えっと……」
この先は、なんて言えばいいのだろう。
シュウちゃんを前にして、こんなに緊張してしまう日が来るなんて思ってもいなかった。

あれこれ迷っていたら更に言葉が出なくなってしまった。頭がうまく回らないし、喉がカラカラだ。

シュウちゃんが私の目の前に立った。

「………」

見上げると、当然のようにシュウちゃんと視線が絡む。

シュウちゃんの瞳は、私を見て静かに揺らめき、ゆっくりと開いていく唇。

「たかが上司の心配なんか全然しなくていい。むしろ、考えるな。そんなことを俺は宮路に望んでないんだから」
私の頭にシュウちゃんの手が伸びてきて、軽く髪をくしゃっとされる。
少しだけ笑みを見せるシュウちゃんを何も言えずに見つめた。

完全に私を引き離すように聞こえたシュウちゃんの言葉に、胸がひどく傷んだ。

私とシュウちゃんを取り巻く星の照明が少しずつ周りだしていた。

シュウちゃんの手が、まだ私の頭に置かれた状態で、
「……宮路、おまえは人を心配する前に自分のことでも考えろ」
と、諭すように言われた。
その後で私の頭をそっと優しく撫でるようにしてから離れていくシュウちゃんの大きな手。



「先に戻ってる」

私の前から動き出したシュウちゃん。

そっと、目でシュウちゃんを追いかけていた。
見慣れた広くて優しい背中を見続ける。



やがて、シュウちゃんの姿が見えなくなり、小さな幾千の星だけが揺らめいて見えていた。

宇宙空間に私だけが取り残されているようで、とても哀しくて、やるせない気分になっていく。

シュウちゃんを心配してしまった私に浴びせらた言葉。

むしろ、考えるな……
そう言われた。

シュウちゃんのことを考える資格さえ、たかが部下の私には無い。俺には必要の無い存在なんだからと言われたように感じた。


シュウちゃんを追わなければ良かったのに。
何故、私はシュウちゃんを追ってきたんだろう。追って来なければ、あんな言葉も言われずに済んだのに。

がたがたと震える身体を落ちつかせる為に、手で自分の身体を包むように腕を掴む。目から落ちていく雫。


小さな星くずになりたい。
唐突だが、半ば本気でそう思った。

考えないでいられるなら、そうなりたい。

そうなりたいんだよ、シュウちゃん。


私はシュウちゃんの幸せを願うだけの小さな星くずだ。

身を引いた恋に未来なんて存在しないなら、そうなりたい。

小さな星くずみたいな私が放つ光を、地球のシュウちゃんに届かせるには、おそらく何十年、何百年、それ以上の年月がかかるはずだ。


それでも、構わない。
そう決めたはずだ。

私は化粧室には入り、鏡に向かう。少し崩れた化粧を備え付けてあったティッシュで直し、唇をぎゅっと噛み締めた。

今度こそ、泣かない。
今更、引き返せない。もう、楽しかった過去には戻れない。何度も何度も自分に喝を入れたはずだ。


もう少しガマンすれば……。

私が後腐れなくシュウちゃんから離れさえすれば、シュウちゃんが私以外に自分に見合う人を見つけて、私が会社を辞めれば……。

それで、全てを終わらせられる。

そのはずだから。


化粧室から出て、星空の照明を受けながら私はテーブルに戻るため、両足に力を入れて歩き出していた。

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