Open Heart〜密やかに たおやかに〜
テーブルに戻った私は、せっかく作ってきた笑顔をたぶん引きつらせていただろうと思う。
「樹里、お待ちかねの山田課長が来たよ」
早く早くと手招きするマキ。
さっき、シュウちゃんが座っていた場所に山田課長は座っていた。シュウちゃんはといえば、店員さんに持ってきてもらったらしい椅子を長方形のテーブルの端にお誕生日席みたいに置いて腰掛けている。
山田課長に手招きされ、元の椅子に座る。
「遅くなってゴメンな」
顔を近くに寄せてきて小声で言う山田課長。
「ううん、ありがとう来てくれて」
言ってから、山田課長の腕にそっと触れた。少し驚いたように私を見る山田課長に笑顔を返す。
驚いた?
私が本気だってことを山田課長にもわからせてあげないといけない。
私が決めた道は、私が守り抜くだけだ。誰にも邪魔されない。
腕に触った私の手に触れ、余裕そうに笑ってみせる山田課長。
少し私の方へ顔を寄せて「ようやく本気になったか」と耳元で囁いてきた。
曖昧に微笑む私を確認するように見てから、山田課長は私の手に触れていた手を離した。
「なんだか、この2人には、いっつも見せつけらるなぁ」
頭をガシガシとかく宮本くん。
「ほんと、この前もエレベーターで……」
変なことを思い出したらしいマキ。
「マキ、それ以上言わないで。恥ずかしいから」マキの言葉を聞いていられなくて、慌てて止めた。
グラスを手に持ちながら、テーブルに身を乗り出し秘密を話すみたいにして小声になる山田課長。
「案外、樹里は恥ずかしがり屋なんだ。俺は反対に気持ちが行動に出ちゃうタイプだから……樹里といると、いつも我慢ばかりしてる」
山田課長の言葉によほど、びっくりしたのか宮本くんは
「うっ、え?! なに、我慢してるとか言うんだぁ、会社の前でもキスしちゃう人が?」
と、大きな声を上げた。
「声が大きいよ、宮本くん!」
「いや、だってよぉ〜、宮路。あれで我慢してるっていうことはだよ、かなり凄いよ、山田課長って。ね〜マキさん」
「うん。同感です」
すぐにマキは頷いた。
背もたれにもたれかかった山田課長は、
「俺は、気持ちをストレートに表現したい方だからね。あれでも抑えてるんだ。ほっぺたにキスくらい軽い方でしょ。……ね、岡田課長」
メガネのフレームを指であげ、ニヤリとしてシュウちゃんを見た。
話を振られたシュウちゃんは、慌てることもなく答える。
「さぁ? でも、気持ちの表現の仕方は人それぞれだから。俺がとやかく言う事でもないと思いますしね」
「話がわかりますね。プライベートな話は、今までした事がありませんでしたけど、なんだか岡田課長とは気が合いそうだな」
「そうですか?」
「ええ、もしかしたら女性の好みも似てたりして」
再びニヤっとして、私を見てからシュウちゃんへ視線を向ける山田課長。
嫌がらせのつもりだろうか。
芝居を成功させなきゃいけない、いわば山田課長の同志とも言うべき私を困らせたいのだろうか。山田課長から発せられたシュウちゃんへの質問に冷や汗をかいてしまう。
チラリと私に目を向けたシュウちゃん。
「いや……こう言うと宮路には悪いかもしれないけど、女性の好みは似てないかな」
「へぇ、そうですか? ……あ、そうだ、たしか噂によると岡田課長にもフィアンセがいるとか聞きましたけど……どんな方ですか?」
首を伸ばしてシュウちゃんへ向く山田課長をどうにかして黙らせたかった。
そんなに追求しなくてもいいのでは?
あえてシュウちゃんの口からフィアンセの話を語らせることに、何か重大な意味があるとでも言うのだろうか。
聞きたくないのに……。
シュウちゃんが他の女性の話をするのを聞きたくなんかない。
そんな風に思う私を無視して
「彼女は、幼馴染みで小柄な美人です。有名な投資家の娘で賢くて、栄養士の資格もあるし、料理も得意です。今はヨガ教室のインストラクターをしています」
淡々とフィアンセについて話し始めるシュウちゃん。
私とは正反対だ。
シュウちゃんの話を聞いていてそう思わざるを得なかった。
あんぐりと口を開けてシュウちゃんの話を聞いていた宮本くん。
「話を聞いてるとさすがイマイングループの社長の御子息ともなると、結婚相手も凄いな。違う次元の話みたいだ。きっと、モデルみたいに美人なんでしょうねー」
「お人形みたいな美人ですよ。ねー岡田課長」
シュウちゃんが答えるより前に山田課長が口を挟んだ。
「会ったことあるんすか?」
宮本くんの質問に山田課長がにっこりと笑った。
「ええ、何日か前に都内の国帝ホテルで…もっとも、俺と樹里は、ラウンジで見かけただけですけどね」
「国帝ホテル? 超一流ホテルだ。そんなとこに出入りしてんの?宮路。おまえ、スゲェなぁ〜出世したなぁ〜」
感心したようにため息まじりに私を見る宮本くん。
「あそこのホテルの窓から見る景色が最高なんですよ、なっ樹里」
さりげなく私に話を振る山田課長にドキリとさせられてしまう。