Open Heart〜密やかに たおやかに〜


「……そうね」
山田課長に話を合わせて頷くのがやっとだ。

まるで、私と山田課長があのホテルを何度も泊まりで利用しているような言い方をされて、本当は嫌で嫌で仕方がなかった。

それでも、今は今だけは我慢しようと努力して笑顔を作り山田課長を見た。

「夜は、東京タワーとか国会議事堂なんかが綺麗に見えるんですよね。岡田課長もフィアンセと国帝ホテルには良く行かれるんでしょう?」

「俺と彼女は、二人共あそこのホテルの会員なので、使いやすいことは確かですね」

お金持ちの彼女とシュウちゃん。
二人共、一流ホテルの会員。

思い出したくもないのに、国帝ホテルで見かけたリカちゃん人形みたいな彼女とシュウちゃんが並んだ姿を思い出していた。

彼女とシュウちゃんが国帝ホテルに泊まり、客室の窓から夜景を見る姿を想像してしまっていた。

一流の環境で育ち、人が羨ましがるような容姿に恵まれ、品格があるお似合いの二人。

シュウちゃんと彼女なら、誰にも反対されずに、みんなから祝福される。そんな結婚が出来る。

「お似合いですね」
そう口に出していた。

嫌味とかそういうつもりは無い。

心の底から羨ましい。そして、シュウちゃんには似合わない、そう言われてばかりの私が胸に抱いた正直な気持ちだ。

「……」
少しだけ目を大きく見開いたシュウちゃん。

「…そう、本当にお似合いですよ。いや、俺たちだって似合いでしょう?」
私の肩を抱き寄せてみせる山田課長。

それから、何を話したのか、何を食べたのか、よく覚えていない。

気がついたら、私は山田課長と二人でタクシーに乗っていた。

「今日のあんたさ、いつもと違ったな。ようやく王子を諦めたのか?」
山田課長は、いつも通りに冷たくて、それでいてしつこい。

「はい、ようやく……」

新川崎にある私のアパートの近くに着いて、私はタクシーを降りた。

「ちょっと、待っててくれます?」
そう言って山田課長もタクシーを降りてきた。

< 106 / 132 >

この作品をシェア

pagetop