Open Heart〜密やかに たおやかに〜
15、カモミールの花束
翌日の土曜日。

病院へ行き父さんのいる病室へ向かった。

「あれ、父さんの名前が…ない」

一般病棟の個室にいた父さん。病室の前まできてから病室の前に出ている名前の中に、父さんの名前がないことに気がついた。

急いで妹の浩美にラインで聞いてみた。

すると
『え!どうして、じゃあ父さんはどこに?』という返事が返ってきた。

浩美も知らないなんて!
一体どういうこと?
まさか容態が急変したとか?!

慌てて、通りかかった看護師さんの腕を両手ですがるように掴んだ。
「あの!すいません、ここにいた宮路 誠は、どこに?!」



「宮路さん? ああ、それならVIPの特別個室が空いたので今朝移りましたよ」
看護師さんから、そう言われた。

「特別個室?」

そんな話は、初めて聞いた。何故病室を移ったのだろう。

教えてもらった病室へ急ぎ、静かな廊下を早足で歩いた。

505号室。

確かに病室の前にある名札に【宮路誠】となっている。

ノックをしてみると、中から「はあい」と間のびした声が聞こえてきた。

母さんの声だ。

ドアを開けてみて、また驚いた。
部屋にはベッドが1つ、あとは応接セットみたいなソファやテーブルがゆとりを持っておいてあった。

「これ…どうしたの?母さん」

ソファに座り足を組んでいた母さんを見て、また驚いてしまった。

暖かそうなニットのツーピースを着ている母さん。

「……母さん……」

一歩ずつ病室へ入り、周りをみまわしてウオールハンガーに掛けられている毛皮のハーフコートを見つけた。

毛皮…。

嫌な予感が頭をよぎる。
その予想が当たっていないことを祈るばかりだ。

「母さん、部屋移ったの?」

「そうよ。父さんがかわいそうでしょう?長く病室にいるのよ。 少しでも広い部屋の方がいいでしょう?」
何かのファッション雑誌を見ている母さん。

母さんの向かい側のソファに座り、母さんを見つめた。

派手な化粧をしている。まるで水商売の人みたいだ。

「母さん、あの毛皮のコートは、どうしたの?」

「買ったのよ。分割で払うと高くなるから一括で買ったわ。母さん、考えてるでしょう」

ゴクリと唾を飲み込んだ。
まさかとは思ったが、どうやら私の考えは、当たっているようだ。

「母さん、まさかあのお金を使ったの?」

母さんが雑誌を閉じて私を見た。チークがピンク過ぎて馬鹿みたいだ。

「あのお金って?」

「決まってるじゃない。社長からもらった1億円よ!」
知らず知らずのうちに声が震えていた。

「そうよ。悪いの?お金は、お金じゃないのさ」

「母さん、あれは父さんの入院費や目が覚めたら、リハビリの費用に使うのよ。今から、そんなコートなんか買ってたら、お金がいくらあっても足りなくなるじゃない!」

「足りるわよ。まだまだあるんだから。だって1億円だよ。少しくらい使ったってさ」

「やめてよ、母さん!」
余りにも馬鹿げた話だ。
怒りを抑え切れずに、私はテーブルを両手でバンッと思い切り叩いていた。

驚いた表情を見せた母さんは、そろりと立ち上がり、壁にかけてあった毛皮のコートをひったくるように取った。

コートの袖に腕を通しながら、
「私が悪いの?父さんが目を覚まさないのも私のせいだっていうの? 毎日毎日、病院にきてんだよ。私だってコートくらい、いーだろ買っても。ったく、なんなのさ!」
文句を言って病室から出て行ってしまった。


母さんが出ていき、シーンとなった病室。

しばらく立ち上がれずにいると、スマホがコートのポケットで震え始めた。

ポケットに手を入れてスマホを取り出す。
浩美からラインが来ていた。

『父さんは、見つかったの?』

急いで父さんのベッドのそばへ行き、父さんの無事を確認した。

『父さんは、大丈夫だよ。病室を移っただけだった。心配しないで』
浩美にラインを返す。

返してから、私は父さんの顔を眺めた。

静かに寝ている父さん。

父さん、いつ目を覚ますの?
お願いだから、早く目を覚まして。
お願いよ、父さん。

そう願いながら、父さんの手をぎゅっと握った。
< 109 / 132 >

この作品をシェア

pagetop