Open Heart〜密やかに たおやかに〜
すぐに看護師2人と担当医が走ってきた。
「気道確保して」
「バイタル測れる?」
バタバタと目の前で処置が行われていく。
少し離れて手を握り合いながら立ち尽くしていた私たち。
そこへ病室のドアが開き、母さんが入ってきた。
「落ちないようにおさえて」
医者の声を聞き、さすがに母さんでも只事ではないと悟ったようだ。
「父さん!どうしたのお父さん!」
ベッドに走りよる母さんを邪魔にならないように抱きとめておさえる看護師。
「母さん、落ち着いて!」
母さんの腕を引っ張り、ベッドから離れさせた。
その時、母さんの抱えていたビニール袋が床に落ちてしまい、中身が頭を出してしまった。
ビニール袋から現れたものは、父さんの大好物のたい焼きだった。
★
幸いにも父さんの痙攣は2分くらいでおさまり、
「軽い痙攣なので心配入りません」と担当医に言われた。
担当医の言葉を信じて、私と浩美、そして母さんは、ただ父さんを静かに見守っていた。
3人とも無言で時をやり過ごしていた。
何も言えずに父さんの近くへパイプ椅子を並べておき、じっと座っていたのだ。
正直、怖くてたまらなかった。
目の前で震え出した父さんの体。唇も青くなり震えていた。
夕日が病室に差し込んできた頃、私はようやく立ち上がった。
テーブルに置いたままのビニール袋に手をかけて再び中身を見た。
「母さん、どうしてたい焼きなんか?」
「父さんが好きだからだよ」
その言葉の意味が、『父さんが好きなたい焼きだから』と言いたいのか『父さんの事が好きだから』ということなのか、私にはわからなかった。
だが、母さんがたい焼きを父さんの為に買いに行ったことは確かだと思えた。
父さんのそばを離れようとしない母さんが呟いた。
「あたしのせいだ。あたしが毛皮なんか買ったから。バチが当たったんだ。ごめんよ、お父さん……ごめん」
ズルッと鼻をすする母さんは、毛皮を脱ぐと私に言った。
「樹里、コートのポケットに入ってるから」
「何が?」
「通帳と印鑑、それにカードもね。あんたが管理して」
その言葉を聞いた浩美が顔を上げて母さんを見ている。
「毛皮も…質屋にでも持って行ってくれない? あたしが悪かったよ。ごめん、ごめんよ。お父さん」
涙を流す母さんを私は初めて見たような気がした。
「母さん、わかったから。父さんのことは母さんのせいじゃないよ」
ひたすら謝る母さんの姿を見て、浩美も母さんのした事を許したようだった。
母さんの背中に浩美は手を置いて、ゆっくりなぐさめるようにポンポンと優しく叩いている。
その様子を見て、やっと少しだけホッとしていた。
きっと、父さんが目を覚ましても、すぐにはたい焼きなんか食べられない。
さすがにそんなことは、母さんでもわかっていたはずだ。
それでも、なんか父さんにしてあげたいという気持ちが母さんにあった事が嬉しかった。
朝早く起きて父さんの弁当を作りながら、文句ばかりを並べていた母さん。あの平凡な日常が実は、とても大事にするべきものだった。
なんだかんだ言いながら、母さんにとって父さんは、かけがえのない存在だったのではないだろうか。
だから、母さんは、どうしても1億円が欲しかった。たとえそれが、娘から恋人を奪うことになったとしても。
そう考えたら、前より母さんが憎めなくなってくる。
自分勝手な母さんで、恥ずかしい母さん。
だけど、やっぱり母さんは、私の母さんで、同時に私の愛すべき人なのだ。
そう感じた。
「気道確保して」
「バイタル測れる?」
バタバタと目の前で処置が行われていく。
少し離れて手を握り合いながら立ち尽くしていた私たち。
そこへ病室のドアが開き、母さんが入ってきた。
「落ちないようにおさえて」
医者の声を聞き、さすがに母さんでも只事ではないと悟ったようだ。
「父さん!どうしたのお父さん!」
ベッドに走りよる母さんを邪魔にならないように抱きとめておさえる看護師。
「母さん、落ち着いて!」
母さんの腕を引っ張り、ベッドから離れさせた。
その時、母さんの抱えていたビニール袋が床に落ちてしまい、中身が頭を出してしまった。
ビニール袋から現れたものは、父さんの大好物のたい焼きだった。
★
幸いにも父さんの痙攣は2分くらいでおさまり、
「軽い痙攣なので心配入りません」と担当医に言われた。
担当医の言葉を信じて、私と浩美、そして母さんは、ただ父さんを静かに見守っていた。
3人とも無言で時をやり過ごしていた。
何も言えずに父さんの近くへパイプ椅子を並べておき、じっと座っていたのだ。
正直、怖くてたまらなかった。
目の前で震え出した父さんの体。唇も青くなり震えていた。
夕日が病室に差し込んできた頃、私はようやく立ち上がった。
テーブルに置いたままのビニール袋に手をかけて再び中身を見た。
「母さん、どうしてたい焼きなんか?」
「父さんが好きだからだよ」
その言葉の意味が、『父さんが好きなたい焼きだから』と言いたいのか『父さんの事が好きだから』ということなのか、私にはわからなかった。
だが、母さんがたい焼きを父さんの為に買いに行ったことは確かだと思えた。
父さんのそばを離れようとしない母さんが呟いた。
「あたしのせいだ。あたしが毛皮なんか買ったから。バチが当たったんだ。ごめんよ、お父さん……ごめん」
ズルッと鼻をすする母さんは、毛皮を脱ぐと私に言った。
「樹里、コートのポケットに入ってるから」
「何が?」
「通帳と印鑑、それにカードもね。あんたが管理して」
その言葉を聞いた浩美が顔を上げて母さんを見ている。
「毛皮も…質屋にでも持って行ってくれない? あたしが悪かったよ。ごめん、ごめんよ。お父さん」
涙を流す母さんを私は初めて見たような気がした。
「母さん、わかったから。父さんのことは母さんのせいじゃないよ」
ひたすら謝る母さんの姿を見て、浩美も母さんのした事を許したようだった。
母さんの背中に浩美は手を置いて、ゆっくりなぐさめるようにポンポンと優しく叩いている。
その様子を見て、やっと少しだけホッとしていた。
きっと、父さんが目を覚ましても、すぐにはたい焼きなんか食べられない。
さすがにそんなことは、母さんでもわかっていたはずだ。
それでも、なんか父さんにしてあげたいという気持ちが母さんにあった事が嬉しかった。
朝早く起きて父さんの弁当を作りながら、文句ばかりを並べていた母さん。あの平凡な日常が実は、とても大事にするべきものだった。
なんだかんだ言いながら、母さんにとって父さんは、かけがえのない存在だったのではないだろうか。
だから、母さんは、どうしても1億円が欲しかった。たとえそれが、娘から恋人を奪うことになったとしても。
そう考えたら、前より母さんが憎めなくなってくる。
自分勝手な母さんで、恥ずかしい母さん。
だけど、やっぱり母さんは、私の母さんで、同時に私の愛すべき人なのだ。
そう感じた。