Open Heart〜密やかに たおやかに〜
ベッドを下りたシュウちゃんの決意がわかる。
立ち尽くすシュウちゃんの手が小刻みに震えていたから。
震えているシュウちゃんの手に手を伸ばして、私はシュウちゃんの手を握った。
「シュウちゃん……きて。ここに座って」
私はベッドを手で示した。
「樹里……ごめ…んな。今の俺には親父ほど力が無い。俺だけなら、会社を辞めるつもりだった。辞めて自分の力だけで新しく事業を始めるつもりだった。でも、それだと宮本さんの工場は…」
ベッドに腰を下ろしたシュウちゃんは、力なくうなだれている。
「私、シュウちゃんが好き。シュウちゃんを諦められない。でもね、宮本くんや宮本くんの会社の人たちの人生を私たちのせいで、踏みにじることは出来ないよ」
私は、シュウちゃんの肩を抱きしめた。
こんなに好きなのに、私たちは永遠に一緒になれない運命なのだろうか。
「……ごめん……ごめっん…樹里」
シュウちゃんが声をつまらせている。
下唇をかんで、私は泣きたいのを我慢した。
震える指先で、項垂れるシュウちゃんの顔にかかる髪を撫でる。
俯くシュウちゃんの顎に手をかけて、私の方へ向かせた。
今にも泣きだしそうなシュウちゃんの顔を見つめ、顔を寄せる。
シュウちゃんの唇に自分の唇を震えながら、くっつけた。
瞼を閉じて、シュウちゃんの唇の温かさを確かめる。
「樹里…」
唇が離れた時にシュウちゃんが呟くように私の名前を呼んだ。
もう二度と離れたく無い。そう願ったばかりなのに。
唇を離して、シュウちゃんの顔を見つめた。
その瞳も鼻も唇も大好きで、失いたく無い。
頰に涙がつたう。
泣きたくなかったのに。
絶対に泣かないつもりだったのに。
「シュウちゃん……私を……抱いて。抱いてほしいの」
目の前にいるシュウちゃんの瞳からも涙が流れた。
泣きながら、私はシュウちゃんとキスをした。
シュウちゃんの首に腕を回す。ゆっくりとシュウちゃんが私をベッドに倒していく。
涙に濡れるシーツや枕。
こんな風に愛し合うなんて思ってなかった。
「シュウ…ちゃん」
激しく乱れる息づかいの中、私はまだ泣いていた。
シュウちゃんの肩の骨も滑らかな肌に触れることも今日で最後になるのだろうか。
優しく私の身体にシュウちゃんの指先が触れることも今日で最後なのだろうか。
シュウちゃんの胸に私の涙がつたう。
今度こそ、私はシュウちゃんを永遠に失うのだろうか。
抱きしめあい、絡み合いながら、なおも考えていた。
全てが夢なら……。
どこからが夢なら私は救われるのだろう。
でも、
シュウちゃんと出会い、シュウちゃんを愛したことを夢にはしたくない。
燃えるように熱くなる身体を重ねたこと、抱きしめてくれるシュウちゃんの優しい手。私に与えてくれたたくさんの愛を私は決して忘れない。
忘れたくない。
明け方近くになり、寝入った振りをしていた私のひたいに静かにキスを落としていくシュウちゃん。
音を立てないようにしてシュウちゃんが私の部屋からそっと出ていく。
切なさに胸が張り裂けそうになる。
シュウちゃん、私は貴方を心から愛してる。
私は上手に貴方を愛せていただろうか。私の想いは全てシュウちゃんに伝わっていただろうか。
やがて、鍵が閉まり、新聞受けにカツンと音を立てて鍵が入った。
カーテンの外は、まだ暗い。
しらじらと明けていくであろう新しい朝を、受け入れる準備が出来ないまま、私はベッドに上半身を起こし、布団に顔をつけて嗚咽した。