Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「樹里、私を誰だと思ってんの?」
宮本くんとマキが同じようなことを言って私を睨んだ。

「え、何? わかってるよ。宮本くんとマキでしょ、何を今更」

「全然わかってねーみたいだな、こいつ」

「全然わかってないみたいですね、宮本さん」
目の前の2人が顔を見合わせる。

「俺はさ、初めから岡田課長と宮路が付き合ってるんじゃねーかって思ってたよ。そうなんだろ?」

「……」

言えない。
宮本くんを苦しめることになりかねない。

男気のある宮本くんが、私達の別れを素直に受け入れる訳がない。宮本くんや宮本くんの工場、そこに働く人達を守るには別れるしかない。その為に昨日、シュウちゃんとの別れを決めた。社長との約束は、私達が別れることだなんて絶対に話せない。

「黙ってればいいさ、こっちは山田課長にも宮路との件は確認済みだから。あとは俺が勝手に生クリーム食って、勝手に自分のペースで話す」
ガバガバと生クリームをフォークですくい口に放り込む宮本くん。

目の前でむしゃむしゃとパンケーキを平らげる宮本くんを呆気に取られて見ていた。

お皿に乗っていたもの全てを平らげた宮本くんは、コーヒーを一気に飲むとようやくひと息ついた。

「俺は、うちの工場を潰す訳には行かない……でもな」
宮本くんは、紙ナプキンで口を拭いて、それを掌で握りつぶした。

「同級生のお前から施しを受けるつもりは無いからな!」
拳をさらに握りしめる宮本くん。
「施し?」

「そうだろ、お前一体何様なんだよ。恋人と別れてくれなんてよ、俺がいつお前に頼んだんだ?ん?」
宮本くんの鋭い目が私を射抜いていた。

「宮本くん?!」

宮本くんは、全て知っているのだろうか。
シュウちゃんと私のこと、結婚を反対されていることを誰かから聞いたのだろう。

いや、カマをかけているのかも。
だって知っているはずがない。
知っているのは、私達の身内だけなんだから。


「昨日、会議室を出たあと、顔色の悪い岡田課長に聞いたんだ。社長との約束ってなんですかってな、岡田課長は、責任感が強い男だから『約束は守りますから、宮本さんは心配しないでください』って言われたよ」

やっぱり、知られていないようだ。



「でもな、気になって仕方ないから会議室に戻ったんだよ。課長との約束って何かって社長に直接聞く為にな」



宮本くんは、ため息をついてから握りつぶした紙ナプキンをテーブルに転がした。

「そこで会議室に戻った俺は偶然、社長と秘書の話を聞いちまった。『これで、秀之も宮路樹里との結婚を諦めるだろう』って岡田社長が言って笑ってたよ」
椅子の背もたれに大きな身体を預けた宮本くん。

「正直、ゾッとした」

「宮本くん……」

「自分の息子の結婚を邪魔して大笑いする父親だぞ? ゾッとするだろ? 俺は、そんなゾッとするような男にうちの会社の命運を任せられない」

「でも、宮本くん」

「あいにくだけどな、宮路。今の俺には、お前の『でも』なんて流暢な言葉を聞いてる暇ないんだ」
椅子から立ち上がり伝票を取る宮本くん。

「え?あの、宮本くん」

椅子にかけていたコートを手に持ち
「あれから工場のみんなには、頭を下げて全部話したんだ。ゾッとするような社長の話も同級生や岡田課長が、自分たちの人生を投げてまで、うちの工場を救おうとしてくれた話も」
座っている私を見おろす宮本くん。

宮本くんが、目を細くして私に笑いかけてくれる。

思わず、学生だった頃を思い出していた。

いつも、隣の席になった宮本くんは帰るときに、こんな風に私に笑いかけてくれた。

そして、「宮路、またな。バイバイ」って言って優しく微笑んでくれた。


「うちの工場の奴らも俺も、簡単に人生を投げるのをやめたんだ。まだ、うちの工場は潰れてない、大企業のグループ傘下に入るなんてのは考えてみれば棚からぼたもち的な話だったんだ」

「で.……」

でも……と言おうとして口を閉じた。


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