Open Heart〜密やかに たおやかに〜
昼休みにみんなとランチをしに、1度一緒にエレベーターで下へ降りてから「財布忘れたぁ。先に行ってて」と言って自分のフロアへ戻った。
すると、まだパソコンに向かっているシュウちゃんがいた。
「課長、まだいたんですか?」
顔を上げたシュウちゃんは「ああ」と言って笑顔を見せた。
いつもの優しいシュウちゃんの笑顔だ。
周りを見回して誰もいないことを確かめてシュウちゃんのデスクへ近づく。
誰もいなくても小さな声で話す。
「宮本くんとは、ごはん行かないことにしました」
突然誰かが来ても、大丈夫そうなことしか話さないでおく。それが、秘密の恋愛をバラさない為の極意だ。
「へぇ、なんで?」
意外な返事に面食らう。
「なんでって、いや、2人でごはんなんか食べに行って変に誤解されても嫌ですし」
「誰が誤解するんだ?」
「へっ? えっと……」
キョロキョロと周りを窺う。
会社では言えないのに。シュウちゃんってば会社だと私にイジわるだ。
「宮本さんとごはん位行けばいい」
「え、でも」
シュウちゃんは、椅子から立ち上がり、ジャケットの袖に腕を通しながら
「その位でどうにか思うような小さい男もいないと思うし、仕事上関連を持つようになるかもしれない会社の男と宮路が2人きりでごはんに行くのには、誰も俺も反対しない」と言う。
小さい男ってのは、聞いてたんだなと思った。
「はぁ、そうですか」
「ああ、課長の俺の判断を仰ぐ必要もない。同級生なんだろ。久しぶりに楽しめばいい」
シュウちゃんはジャケットを着て、ボタンをしめた。
イマイチ、本音が見えないから困る。今のはシュウちゃんの本音だろうか?
「宮路、俺は部下が偶然に会った同級生と2人きりで食事をしても何にも思わない。むしろ、懐かしい人に会えて良かったなって感じだ」
椅子をしまい、私の方へ来たシュウちゃん。私の肩にポンと手を置いてつぶやくようにシュウちゃんは言った。
ますます良くわからなくなってくる。
シュウちゃんは続けた。
「本当に何にも心配しなくていい。同級生と楽しんで来い」
『本当に』と前置きをつける時は、シュウちゃんの正真正銘、本当の気持ちだ。それは、2年の付き合いで学んだこと。
シュウちゃんは、もう一度私の肩をポンと叩き「昼飯早く行けよ、時間なくなるぞ」と言って先にフロアから出て行った。
さすが、私のフィアンセだわ。
宮本くんみたいな同級生ごとき相手にしないのね。
いや、それだけシュウちゃんは私をすごく信頼してるんだなぁ、きっと。
シュウちゃんみたいに大人だと、ごはん位いちいち気にしないのね〜。
心配して損した。シュウちゃんにしたら、きっと取るに足らない事なのだろう。
シュウちゃんの大人っぷりに感心して、私はシュウちゃんが出て行ったフロアの出入り口を眺めた。