Open Heart〜密やかに たおやかに〜
それから、気がつくと外へ出てタクシーを捕まえ実家のある団地前に来ていた。
大田区にある大きな団地で、600世帯もすんでいる。もう築45年というかなりの年代ものだ。まだ、ちらほらと明かりがついている家もあるが、うちの家は明かりが消えている。
私はこの団地で育った。シュウちゃんの家庭と比べたら、決して裕福な家庭じゃない。
コンクリート造りの階段を上り、5階にある実家のドアの前に立った。
チャイムを押そうとして、指を止める。
ポケットからスマホを取り出し、時間を見た。
11時45分。
既に家族は寝ている時間だ。
ネジ工場に勤めている父さんの朝は早い。5時には起きて、ごはんを食べて6時には工場へ向かう。
父さんの朝ごはんを準備する為に母さんは4時30には起きるはずだった。
専門学校に通って看護士を目指している妹の浩美も、きっと勉強やバイトで疲れて寝ているはずだ。
明かりもついていなかったし、寝ている家族を起こすのは、何ともしのびない。
スマホをポケットにしまい、階段を静かに下り始める。
夜の風がジャケットを着ていても寒く感じて、手で服の上から腕をさすった。
一階まで下りて、団地から少し離れて家の窓を見上げた。
やはり、うちの窓に明かりは、ついていない。
私なんかのせいで寝ている家族を起こしたりは出来ない。それは、身勝手だし、ひどく心配させる行動だ。
婚約式に出席した私の家族は、とても喜んでくれていた。今更、あの婚約式はシュウちゃんのご両親にとって、なんの意味もない儀式だったなんて絶対に言えない。
あちらのご家族は、シュウちゃんと私を結婚させる気なんか全くなかったのだから。シュウちゃんのくだらない恋愛熱が冷めるまで、事を荒立たせない方がいいという配慮からだったらしい。
家柄の違い?
学歴の違い?
そんなこと、初めからわかっていた。私だって反対されると考えていた。でも、反対されなかったから、私は安易に認めてもらえたんだと信じていたのだ。
それなのに、いずれ別れさせるつもりでいたなんて。あからさまに反対すればシュウちゃんが、ますますのめり込むから、あえて付き合いを許し婚約までさせたなんて、普通の考え方じゃない。
しかも、まだ婚約しているのに見合い話をシュウちゃんへ持ってくるなんて到底理解出来ない。シュウちゃんのご両親は、初めから私をいないものとして考えていたんだと思う。
こんな仕打ちは、ひどすぎるし、あんまりだ。