Open Heart〜密やかに たおやかに〜
家へ戻った私の前に立ちはだかる人影。
力無く顔を上げてみる。
街灯の下にいたシュウちゃん。かたや、私は暗い道の端でタクシーを降りた。明るい場所と暗い場所。その境界線で私は立ち止まるしかなかった。
「樹里、どこに行ってたんだよ。電話も通じないし」
ぼうっとしながら、目の前にいるシュウちゃんをジッと見上げた。明るい場所から暗い場所まで入りこんできたシュウちゃん。
「知らなかったんだ。親父たちがそんな気持ちでいた事」
「私ね……考えてみたら、わかったの」
シュウちゃんの後ろにある明かりを眺めると、ついため息が出た。
「なにを?」
「婚約なんて儀式に何のいみもないってこと」
「樹里、何言ってんだよ」
「さっき、シュウちゃんも言ってたよね? 婚約は形だけだったのかって」
「あれは…」
「形だけだと思ってたのは、シュウちゃん達家族の方なんだよ。婚約なんて、すぐに破棄出来ると思ってたんだから」
「樹里、少なくても俺は……」
一歩前に出てきて私との距離を縮めようとするシュウちゃん。
「俺は違うって言いたいの?」
「ああ、違う。俺は本当に樹里と結婚したいと思ってたんだ」
その言葉を聞いて、少し笑えてしまった。
シュウちゃんの言葉の揚げ足を取るつもりは無い。だけど、日本語ってすごい。
少しの言葉にシュウちゃんの思いが入り、透けて心が見えてしまう。
「結婚したいと思ってたんだ? 何それ、既に過去形じゃない。シュウちゃんにとって私はもう過去の話なんだね。でも、それが正解だよ。シュウちゃんと私は、きっと結婚出来ない」
アパートの階段を静かに上る。後ろからシュウちゃんが音も気にしないで追ってきた。
「揚げ足とるな、そんな事ないって!」
「シュウちゃん、周りの迷惑も考えて。夜中なんだから」
声を小さくしてシュウちゃんへ注意を促す。
「話し合おう。誤解するな。俺の気持ちは変わらないんだ」
「私の気持ちも変わってないわよ」
部屋の前でバッグの中へ手を入れカギを取り出す。
「樹里」
私の腕をシュウちゃんが引いたせいで、地面にカギを落としてしまった。
私の気持ちは変わっていない。そう言い切れるから始末に悪い。