Open Heart〜密やかに たおやかに〜
「今日は、話したくない」
落としてしまったカギを見おろす。
「樹里」
「帰ってよ。シュウちゃん」
カギを拾う為にしゃがもうとした。
「樹里、聞いてくれよ」
いいながら、シュウちゃんは私が落としたカギを拾い私へ差し出した。
拾ってくれるのが当たり前のように受け取る。シュウちゃんは、いつも私に甘くて優しい。
「……聞きたくない。聞いたら何か変わるの?シュウちゃんのご両親は、私をフィアンセとして認めてなかったってことは、何も変わらないじゃない」
「俺も知らなかったんだ。親父たちの気持ち」
ドアへ向いていた私は、シュウちゃんへ顔を向けた。
「シュウちゃん、私が怒ってるのはね、ご両親のことだけじゃないの」
「え?」
「シュウちゃんの言葉だよ」
「俺、なんかマズイこと言ったか?」
「お見合い話を断るんじゃなかったって言ったでしょ! あれが、私はショックだったの」
「ア、アレは、樹里があいつとなんかあったみたいに言うから」
目に見えて狼狽えるシュウちゃん。全ては、わたしのちょっとしたイタズラ心から発覚した出来事だ。
「私のせい? ねぇ、私のせいなの?」
全ては、私に非があるのだろうか。
私はカギをカギ穴へ差し込みドアを開ける。
「お願いだから帰ってよ。今日は冷静に話せる気がしないから」
「樹里」
シュウちゃんの顔は見ないようにして部屋へ入り下を向いてドアを閉めた。
閉めたドアに背中をつけて寄りかかり、シュウちゃんの足音がするのを待っていた。
遠ざかっていく足音を聞きたかった。
なのに、足音は一向に聞こえてこない。
シュウちゃん、まだ廊下にいるのだろうか。
スコープから廊下を覗くとシュウちゃんがいるのが見えた。
そんなことしないでよ。
廊下で待たないで。
結局、私はドアの前で体育座りをしてずっと時間を過ごしていた。
1時間経ち、2時間が経った。
そろそろと立ち上がり、そっとスコープを覗くとまだ、廊下にシュウちゃんがいた。
自然とカギに手が伸びる。
開けてあげようか……そう考えていると、シュウちゃんが動きだした。
廊下をゆっくり階段方向へ歩いていく足音が聞こえてきた。
カギを開けて私はドアノブを掴んだ。
シュウちゃんが階段を下りていく音がする。
私は、まだ迷っていた。
シュウちゃんとは、きっと結婚出来ないだろう。付き合った当初から、そう感じていた。
その考えは見事に的中した訳だ。
雨が降ると予想していて、やはり雨が猛烈に降り出した時の気分だ。当たったのに嬉しくない。自然の摂理は、自分ではどうしようもない。
ドアを開けずに聞こえなくなるまで、私はシュウちゃんの足音に耳を傾けていた。