Open Heart〜密やかに たおやかに〜
紋所の効果は絶大だ。
ようやく澄ましていた課長が振り返った。
「なんで、俺が」
「課長が壊したんですよね?」
スマホを課長の顔の前へと押し出す。
「俺は落ちていたソレを拾ってやっただけだ」
顔に近づいてきたスマホを押し返してきた課長。
「証拠は、ありますか?」
「あ? どういうことだ」
怪訝な顔して、課長は眉間に皺を刻んだ。
「やってないって証拠ありますか」
「ない。だが、俺じゃない」
「ひどいですよ。部下のスマホだからって甘く見てます?」
「見てないし、第一俺がやったんじゃない」
「絶対ですか?」
「ああ、絶対だ」
「課長って、自信満々なんですね。普通だったら、もしかしたら、俺が間違って踏んだかもしれないって少しは思い返したり、考えたりしますけどね」
「踏んでないんだから、考えようがない」
「あーあ、どうしよう。まさに、踏んだり蹴ったりだわ。残業だし、知らない間にスマホにひびが入ってるし」
ちらっと課長を見て様子を窺う。
困ったような呆れたような表情に見える。
「いいだろが、ひびぐらい」
「あら、課長は、ひびが入ったスマホを普段通りに使ってる女子をどう思います?」
「どうって」
「ひびが入ってるのに、まだ使ってるなんて。すごく貧乏な女か、すごくだらしがない女って世間では思われますよね」
すごくという言葉をつけて強調してみた。
すると、すぐに頭の回転が素早い課長は私の言葉を利用して反論してくる。
「すごく思いたい奴には思わせればいいだろ」
「すごくひどいです。まるで他人事」
「俺がやったんじゃないんだから、すごく他人事だろ」
「少しくらい、大丈夫かとか、普通いいませんか。すごく優しい上司なら」
「あいにくだが、俺は、すごく優しい上司じゃないんでな。あ〜もう、ぶつぶつ言ってないで、さっさと仕事に取り掛かれ」
「うわっ、最終的にパワハラ」
すごくぶつぶつ言っても、スマホのひびは治らない。そんなことは、わかっていたし、自分がワガママを言っているのもわかっていた。
でも……。
寝ていた時の夢が、あまりに素敵だったから、急に現実に戻されて嫌な気分になってしまったのだ。
課長に悪いことしたかもね。
少し、いやかなり反省してから椅子に座った。