Open Heart〜密やかに たおやかに〜
「何度も起こしたのに」
背中合わせになった席に座っているマキが言ってきた。
私とマキは、お互いに似たような時期に中途採用で入社した。似た境遇のおかげで同期みたいな感じに思え、マキとは、すぐに仲良くなった。
凄く美人だし、頭がキレるマキだが、少し彼女はクセが強い。彼女の趣味はサバゲー。休日になると、どこかで開催されるサバイバルゲームに参加しているようだ。
マキにいわく、『サバイバルゲームに参加する費用を捻出するために私は働いていると言っても過言ではない』言い切れるらしい。
そんな男らしい趣味を持つサバイバルなオンナ、それがマキだ。
マキはキャスター付きの椅子に座ったまま、私のすぐ背後まで移動してきた。
「また岡田課長を怒らせて。樹里ってさ毎日課長を怒らせてばっかりじゃん」
「ちょっと間が悪いだけ」
今日は、たまたま私が寝起きだったから、少し揉めただけだ。
「相性が悪いんだね〜きっと」
その言葉に私はピクッとなった。
課長と相性が悪いとは、決して思わない。断じてだ。
「相性が悪い訳じゃないよ」
「じゃあ、何」
「何って、ただのジャレ合いみたいな感じ」
お互いを前脚で触り合い、ミャアミャア言い合う猫みたいな感じだ。
「はぁ? 良く言うね〜。課長の顔見たの? 眉毛つり上がってたよ。こんなよ、こんな」
マキは人差し指を眉毛に見立て、自分の目の上に当てて、ほぼまっすぐになる位に指を斜めにしてみせる。
そんなに怒らせたのかぁ。
そんなつもりなかったのになぁ。
気になって課長の方へ視線を向ける。
電話で誰かと話している岡田課長。
受話器を握る長くてスラッとした指、唇から覗く白い歯。
どれを取っても……。
思わず左に頭を傾かせて見入ってしまう。熱に浮かされたように顔がポッカポカになる。
「見てよ。怒ってない時は、課長って結構イケメンだよね〜」
感心したようにマキが言う。
「そ〜かなぁ〜」
慌てて、課長から視線を逸らした。
「アレがイケメンじゃなかったら、その辺の男は、どうなんのよ。全部ヤバイじゃん」
「そ〜かなぁ〜」
「そうよ。樹里の感性がヤバイかもね」
マキは、さっきの課長の真似のつもりなのか、私の頭頂部をコツコツと人差し指で突いてから椅子を動かして自分の場所へ戻って行った。
ったく、痛いなぁ〜。
マキってば、課長の真似なんかして。
再び、そぉっと課長を眺めてみた。
受話器を置いた課長が、丁度こちらを向いて目があう。
一瞬、さっきの夢の場面みたいに、ベンチで『彼』と見つめ合っている気分になった。
でも、それは一瞬だけだ。
課長は、何もなかったみたいに目を逸らしたのだから。それに合わせて私もパソコン画面に視線を戻す。
そう、お互いの視線が合ったなんて事は、一切無かったようにして。