Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「あんたには相談出来なかったんだよ。父さんに止められてたから」

「そんな……」

絶望的な話すぎて、どうすればいいか頭がまわらずに、テーブルに置かれた小切手を眺めた。

「借金は、いくら」
呟くように母さんへ尋ねた。

「500万よ」
母さんは、ことの重大さを感じていないのか金額をサラッと言ってきた。

「……」

言葉が出てこない。
頭もまわらない。

「君がここで決めてくれるなら、私がその借金も綺麗に精算しよう」
社長は、箸を持つとズワイガニのお造りに手をつけ始めた。

社長にとって、私とシュウちゃんの婚約破棄話は、食べながら話せるほど大した話ではないということなんだ。

そう感じて、背中に悪寒が走る。

こんな場所にいたくない。こんな話はしたくない。逃げたくてたまらない気分になっていた。

「樹里、父さんや母さんを見捨てるの? あんたがここで決断してくれれば、私達が安心出来るのよ」

「もし、君に受け取る気がないなら」
社長は箸を箸置きに置く。

「一銭も手に入らないばかりか、君にはそれなりの覚悟をしてもらうよ」
言ってから、おしぼりで口を拭く社長。

「覚悟って……どういうことでしょうか」

「さあ? 考えるのは、裏社会にいる奴らだから。きっと、私のような者には考えつかない世界なのかもしれないね」

裏社会?
悪い想像が頭に広がる。

そんな世界と社長が通じているなんて、信じたくない話だ。仮にもシュウちゃんの父親なのに。

私の隣で、私の手を握る母さん。
目の前にいて、飄々とした様子の社長。
テーブルに置かれた1億円の小切手。

全てを理解出来ずにいたが、全てから逃げられない状況なのかもしれなかった。

どうすべきかを誰にも相談することも出来ずに、私は大きな決断を迫られていた。
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