Open Heart〜密やかに たおやかに〜
営業部へ電話をすると、営業部の山田課長が出た。
「サンプリングの人数なら足りてます。足りない場合は営業のものが対応しますので、ご心配なく」
どこか冷たい感じのする声は、相変わらずだ。
何度も会っているのだが、冗談を言うタイプでは無いから親しみもわかない。隙もない感じ、いつも大抵無表情。整った顔は、冷たい雰囲気に拍車をかけていて、更に話しづらいし、どうも私は苦手なタイプだ。
「わかりました。ありがとうございます」
話はそれで終わると思っていたのに、山田課長は更に話を続けた。
「いえ、ただ…少し別の問題がありまして」
「えっと、どのような?」
「一部ですが、サンプルの包装がされてないようなんです。それを出来れば包装する作業を行いたいのですが、あいにく営業が全て出払っているんです」
「そうですか。では…こちらに手伝えるものがいるか確認してみます」
立ち上がり周りを見回しながら返事をした。
ところが、意外な言葉を山田課長は言いだした。
「こちらは宮路さんがいいんですが。他にも伝えたい事もありますので」
抑揚のない声で言われた。
「えっ?」
何故、私なんだろうと疑問を感じると共に思いついた考えがあった。
今、山田課長は他にも伝えたいことがあると言っていたのでは無かったか。
これって、まさか……。
社長が言っていた私の行動を指図する人物が山田課長なのでは?と思い当たったのだ。
「いいですか?」
「わ、わかりました。そのようにします」
受話器を置く手が震えていた。
山田課長からヘルプを頼まれた事を、シュウちゃんのデスクへ行き伝える。
「わかった。宮路、今から行ってくれ」
パソコンから目を離してシュウちゃんは私を見上げて答えた。
「…はい。……行ってきます」
シュウちゃん、ごめんね。
心の中で呟いて、私はシュウちゃんのデスクからゆっくりと離れた。
私は、もう引き返せないところまで来てしまっている。もう、小切手を母さんが受けとってしまった時点でシュウちゃんとの仲は終わってしまったのだ。
エレベーターホールへ向かう私。
胸が痛くなって、立ち止まり壁に手をつく。
足の力が抜けそうになっていた。座り込んでしまわないように壁に背をつけ寄りかり、ようやく立っていた。
少し気分を落ち着かせてから、一歩ずつ足を踏み出す。
まだ、始まったばかりの芝居だ。
自分で好んで入った底なし沼なのに、ズブズブと沈んで息が出来なくなってしまうような感覚に囚われていた。