Open Heart〜密やかに たおやかに〜
10、序盤
会社へ戻ると、残念ながらシュウちゃんはデスクにいなかった。
顔、見たかったな……。
シュウちゃんとは別れなきゃいけない。けど、まだ何も起こってない今ならシュウちゃんの顔をまともに見られたのに。
自分のデスクへ戻り椅子へ座った途端にマキが椅子ごとキャスターを動かしてやってきた。
「お疲れ。営業の山田課長と一緒だったんだって?」
「ん〜、そう」
本当に嫌な奴だった。最悪な男なのに、付き合っているという設定上、悪口はいえないのが痛い所だ。
「いーなぁ。樹里ばっかりさぁ、イケメンと出かけられて」
イケメン。悔しいが山田課長の顔は整っていると言える。メガネが似合うクールなイケメンだ。だが、性格が悪い。ひねくれている。
「……仕事だから」
デスクに向かいパソコンの電源を入れる。
「とかなんとか言って、山田課長に誘われた?」
「はあ?」
唐突に呆れ果てるような質問してきたマキを振り返る。
「噂だけど、山田課長って女に手が早いらしいよ〜。ほら、受付のなっちゃんいるでしょう?」
なっちゃんというのは、社内で1番可愛いと言われている受付嬢だ。彼女は、大学でもミスキャンパスに選ばれたことがあるほどの美人だ。
「うん」
「彼女も誘われたくちらしいよ。断ったみたいだけど〜クールにみえて〜裏では肉食なんだって。そのギャップに萌えるよね〜」
山田課長が肉食? そこまでは良くわからないが、クールな見た目どおり、中身も超冷え冷えな男だ。肉食かどうかなんて私にはどうでもいい話だ。
冷たくて、失礼な男なのは確かで好きになれないタイプだから。
山田課長が裏では女性にガツガツいくなんて想像したら、萌えるどころか相当気持ち悪い。
「ふ〜ん」
気持ち悪いとは言えずに私は適当な返事をした。
「何? 興味ない感じ?」
「え、う〜ん。まあ」
全く興味ない。いまだかつて山田課長のプライベートなんて気にしたことがない。
だが、設定上、私は山田課長と付き合っている。だから、本気で返答に困ってしまう。
「あれ? 噂をすれば山田課長じゃない?」
マキに促され、出入り口付近を見ると確かに今さっき駐車場で別れたばかりの山田課長がいる。
やだ、何しにきたんだろ。
山田課長が私に用があってきたんじゃないことを心の中で手を合わせて拝んだ。