Open Heart〜密やかに たおやかに〜
目が合わないようにする為、パソコンに向かう。
どうか、山田課長の用事が私じゃありませんように。第一、営業課長自ら部署の違う平社員のところにわざわざ出向いてくるのは、結構おかしな話だ。
見ないようにしよう。
関わらないように。
特別な仲だなんて思われたくない。
ん? まさか……
あってほしくない考えが微妙に形を成して浮かんでくる。
「あらら? 山田課長、こっちにくるみたい」
背後にいたマキがキャスターを動かし戻っていく気配を感じていた。
ひたすら、背中を丸め、顔がめり込むくらいパソコンに近づいていた。
どうか静かに嵐が過ぎ去りますように。
私の願いとは裏腹に肩を叩かれてしまった。その上、「宮路さん?」という声が上から降ってくる。
「は、はい」
仕方なくパソコンから離れて顔を上げる。見たくない顔が私を冷たく見下ろしていた。
「今日は、営業の手伝いありがとう。コレ忘れもの」
山田課長は口角を上げているがメガネの奥に見える瞳はやはり笑っていない。
「え?」
山田課長が差し出してきたのは、Feという文字が書いてある栄養ドリンクっぽい小瓶だ。
Fe…鉄分だ。
「コレですか? いえ、あの私のじゃ…」
こんなものを買った覚えが無いんだから、どこかに忘れる訳もなかった。
「…参ったな。さっき、疲れてみえたから補給した方がいいかと思ってね」
山田課長は私の手を掴んで握らせる。
「コ、コレを?」
栄養ドリンクを疲れてそうだから私が補給する?
まるで私を気遣ってるみたいな雰囲気が丸出しだ。
コレは、もしかすると……いや、もしかしなくても例の作戦が始まったのかもしれない。
相変わらず鈍感な私だ。
全然さりげなくないが、徐々に周りに私と付き合ってる風なことを匂わせる為に山田課長はわざわざやってきたのだ。そうに違いない。
「あり…がとうございます」
ぎこちない態度でドリンクと共に握られた手を急いで引っ込めた。
私の忘れものでは断じてないが、嫌でも今は私に求められている演技を最低限しなければならない。