Open Heart〜密やかに たおやかに〜
11、離れていく距離
いつもは、シュウちゃんと寝る前にラインで会話する。
他愛ないやり取りだ。
【寝てる?】
【まだ、寝てない。隣に樹里がいないからさみしい】
【私もさみしい】
恥ずかしい会話もラインを通してだと伝えやすい。最後に必ずおやすみを言うのが日課だった。
それなのに、今日はシュウちゃんから何の連絡もなかった。
やはり、階段で私と山田課長が一緒にいるところを見たのは、シュウちゃんだったのだろうか?
スマホを枕の横に伏せておき、私は瞼を閉じた。
ぎゅっと閉じても眠れない。
全く眠気が来ない。ベッドに起き上がり、大きく息を吐いた。
シュウちゃんは今頃どうしてるだろう。
私と山田課長の仲をどう思ってるだろう。
私からラインが来ないのをシュウちゃんも、きっと不思議に感じているはずだ。
すぐに繋がれるものがあるのは大変便利だが、時に残酷だ。
思いを伝えられる術があるのに、そうしないのは、それなりの理由があるからだ。私からは、シュウちゃんに連絡出来ない。
会いたいのに会えない。
話したいのに話せないのが、とても、もどかしくて切ない。そして、息苦しい。
きっと、シュウちゃんは傷ついているはずだ。もしかしたら、怒っているかもしれない。私が山田課長に『樹里』と呼ばせているなんて、信じられないし、裏切られた気持ちになったはずだ。本当なら、山田課長とどういう関係だと責めてきてもいいはずだった。
でも、なんの連絡もないのはどうしてだろう。
私は、ベッドから出て、冷たいフローリングの床に正座した。
シュウちゃん、ごめんね。
きっと、わたしのせいで眠れないよね?
ごめんね、シュウちゃん。
こうなったのは、私のせいだ。私がシュウちゃんを好きにならなければ。
早く私を嫌な女だったと思ってくれて構わない。だから一刻も早く無駄な道草をしたと諦めて、私なんかのことは忘れてください。
早く……早く忘れて。
私は正座をしたまま、じっとしていた。
しばらくして、スマホが少し振動して、すぐに静かになった。
手を伸ばしてスマホを取り、画面を眺める。
指先が震えてしまう。
スマホを胸に押し当て、私は前屈みになり、丸くなって床に頭をつけた。
そのまま、ごろんと床に丸まって横になる。
もう一度、スマホの画面を眺めた。
ひび割れた画面には、シュウちゃんから来たラインの文字が浮んでいた。
【おやすみ】
付き合い出してから、毎日欠かさず言ってくれる『おやすみ』の言葉だ。
スマホの画面が自然に暗くなった。ある一定の時間が来たようで自動に画面が消えたのだ。
スマホを胸に抱きしめて、瞼を閉じた。目の端から涙が流れてしまう。
ほの暗い部屋の床に転がって、私はぎゅっとスマホを胸に抱きしめた。
シュウちゃんがくれた【おやすみ】の言葉に、結局私は何も返すことが出来なかった。