Open Heart〜密やかに たおやかに〜
次の日から、シュウちゃんは私に関わらなくなった。私に仕事を振りたい時は、別の人を通じて私に指示をしてきた。
だから、私も人を通じて仕事をこなす。
当然、シュウちゃんからプライベートな連絡も来なくなった。
不思議な話だが、こうして離れてみると、これが自然の成り行きのように感じる。
シュウちゃんは、元々、別世界の人間だ。気軽に話を出来る人ではないのだ。
初めから、関わる予定のなかった人なのだ。それが何の事故かわからないが、たまたま知り合い付き合うようになってしまった。
そう、これは交通事故みたいなものだった。
そう思い込むように努力していた。
そうでなければ、おかしい話だ。
私がシュウちゃんから離れようと決めた途端、それに気がついていたかのようなタイミングでシュウちゃんがよそよそしくなってしまった。
断じて気のせいではない。
私が山田課長とどうにかなっていても、気にしている様子はなかった。ということか、気にしないようにしているように感じた。
あの時点で既にシュウちゃんは変だった。
自然消滅ってこんな風に突然2人が、よそよそしくなって起こる現象なんだろうか。
私が行動を起こさなくても、既にシュウちゃんの気持ちが離れていたのだろうか?
ちらっとシュウちゃんの方を見た。
書類に目を通しているシュウちゃん。
いつも通りのシュウちゃんなはずなのに、やけに遠く感じる。
私の手が届かない遠く離れた場所に、シュウちゃんは自らいってしまったのだろうか。
裏切ったように見せる必要もなかったのではないだろうか?
簡単にシュウちゃんは、私から離れてしまった。何も言わずに。
これは、本当に現実だろうか?
意味がわからない。でも、シュウちゃんは、前みたいに会社帰りに私をデートに誘って来ることが無くなった。
目も合わない。
山田課長のことを私に聞いても来ない。
明らかに避けられている。
この数日の間に私はそう感じていた。
トイレに行く途中、急に廊下で声をかけられた。すごく驚いて「わあぁ!」って大声をあげてしまった。
目の前にいたのは、宮本くんだ。
「宮本くんかぁ、すごくびっくりしたよ」
心臓の辺りを押さえている宮本くん。
「宮路の声に俺の方がびっくりだ。心臓が止まりそうになったぞ。……それより、宮路、おまえどうかした?ぼっとして、なんか悩みか?」
「ううん……なんでもないよ」
中学の頃も宮本くんは、優しく声をかけてくれたのを思い出して、心がほっこりする。
でも、今の私は誰にも相談したり出来ない。そう決められている。
気持ちを切り替えて宮本くんに聞いた。
「今日は、どうしてうちの社に?」
「ああ、正式な契約内容の話し合いに来た。まあ、うちの工場は、ほぼイマイングループの傘下に入ることになりそうだけどな」
宮本くんの顔は、いつもより引き締まって見える。精悍な顔つきが、学生の頃とは違う責任者の表情に見えた。
そうだ。宮本くんは、今、縫製工場の社長だ。工場やそこで働く人たちに責任を持つ立場の人なのだ。宮本くんは立派な経営者になったんだ、そう感じた。
「色々と社長も大変そうだね」
心配させないように、わざとおどけた調子で、社長というワードを強調して言ってみる。
「まあまあな。『社長』だからな、ははっ。それより、さっきよぉ岡田課長といた時に会議室へお茶運んで来てくれた人、おまえわかるか?」
豪快な喋り方から一転して、周りを見まわして急に声をひそめるようになる宮本くん。
「えっと誰だろ?」
「なんだよ、分かんねーの? ショートカットの凄い美人だよ」
「もしかして、マキかな?」
マキなら正統派の美人だし、ショートカットだ。うちの部署には他にショートカットの女性はいない。
「わかるか? なぁ、彼女って彼氏いそうか?」
「やだ、宮本くん。マキのこと気に入ったの?」
「ばか。気に入ったんじゃねーし」
「じゃあ、何?」
「好きになったんだよ。一目ぼれだな、うん」
顔を赤くしながらも真剣な口調の宮本くん。
「本当に?」
「マジだ。彼女を見た瞬間に時が止まったんだからな」
時が止まる?
そういえば、似たような経験を私もしたことがある。
あれは、2年と少し前だった。