Open Heart〜密やかに たおやかに〜
今もたまに足を運んでいる武蔵小杉にある図書館。会社帰りに寄って、予約していた本を受け取りに行くこともあるし、反対に返しに行ったりもする。
あの日も会社帰りに借りた本を返しに図書館へ寄った。雨が降りそうで、少し肌寒く感じる夜だった。
エスカレーターを使い、図書館に向かった。
図書館へ入る手前のエレベーターホールで、分厚い本を顔が見えなくなるほどに重ねて持ち、こちらへ歩いてくる人がいた。
あれ、あんなに一回で借りたのかな?
何冊も重ねて持っていた人は、両手を使い本を重ねて持っており、あれで前が見えているのかと心配になった。
ぶつからないように壁側にわざわざ避けた私。それなのに、その人も壁側に寄って歩いてくる。
ちゃんと、前見えてないんじゃないかなぁ?
私がぶつからない為に右側へ移動しようとしたのと、歩いてきたその人が重ねていた本をぐらつかせ落としそうになったのが、ほぼ同時だった。
「おっ」
「うあっ」
お互いに訳のわからない声を出し、その人は本を落とさないように前に出てきた。
私も、その人が本を落とさないように押さえようと前に出た。
お互いに前に出た2人は、本を互いの体の間に挟み向かい合い、お互いの体で本を挟んだ状態になった。おかげで本は一冊も床に落ちずに済んだようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい。どうもすみません」頭上から低い声が降って来た。
「いえいえ。落ちなくて良かったですね」
そう言って顔を上げた時に、そろそろと重ねた本の上から、ひょいと顔を覗かせた人と目が合った。
くっきりしたブラウンの瞳で、綺麗な顔立ちの男性だった。それが、シュウちゃんである。
その時、何故かすごく体の全てが震えた。特にどこが? と聞かれたならば……おそらく『心』だろうと思う。
例えていうなら、普通に道を歩いていて、突然みたこともない色に光る石を見つけたみたいな感じだろうか。珍しくて綺麗なものを見つけたことに対する嬉しさと感動、何だろうと近づくまでのドキドキ感、そんな気持ちに似ていた。
何しろ、私にとって初めての感情だったから、どうしていいかわからずに、あのときは戸惑うばかりだった。
これがシュウちゃんと私との出会いである。
本を押さえながら、シュウちゃんを見上げ、鼻に古本が放つ独特の香りがしていた。
あのとき、私の時間が一瞬だけ止まったように感じたのを思い出す。
見つめ合ったのは、ほんの1、2秒だったに違いない。
でも、あのとき、確かに私の時間は止まったのだ。
あの後、図書館に来る時にはいつも持参していたエコバッグを雨も降りそうだからシュウちゃんに貸してあげた。それだけのことなのにシュウちゃんは、すごく感動してくれた。
エコバッグを縁に私たちは、会うようになり付き合い出すまでに、あまり時間はかからなかったように記憶している。