Open Heart〜密やかに たおやかに〜
「好きです。俺と付き合ってください。それから……」
抱きしめた状況の中、耳元で最後の方の言葉を囁いた彼に私は驚いてしまった。
「え、岡田さん、今言いましたよね?! キスしてもいいかと聞くのは野暮だから聞かないでするとかなんとか」
シュウちゃんの胸を押して、まっすぐにみつめる。
「えぇ、それは…するのが初めてだったからです。2度目は了解を得てから、してみようかと」
「だったら、今度こそきちんと言ってみて」
「なにを?」
「なにをしたいのか」
絶対に言わせたくなっていた。
恥ずかしながら、それでも私とキスしたいから我慢して言葉を絞り出すシュウちゃんを見たい一心だった。
「え! 本気?」
「恥ずかしいことなんですか? 私とキスするの」
「まさか! 違うけど……じゃあ、言いますよ」
「どうぞ」
「き……キスしていいですか?」
キスを聞いてからすることほど野暮なものは無い。さっきみたいな不意をついたキスがいいに決まってる。
でも、シュウちゃんは別だ。
真っ赤になり、了解を求める表情が可愛すぎる。なんども見たくなる。
「どこに?」
「え?」
どんどん目を見開くシュウちゃん。
「どこに?」
「く……唇に」
意を決したように言うシュウちゃんは、堪らない。もっと、困らせて眉を下げさせたい。
「そこだけでいーの?」
「う?! 他にもいいの?」
誘い水にすぐ反応してしまう子供みたいなシュウちゃん。
「いい訳ないでしょう!」
彼の頭を小突いてベンチから立ち上がる。
靴の下でカサカサッて銀杏の葉が音を立てた。
「なんだ、冗談? からかわれてばっかりだなぁ、俺」
「どうして?私にからかわれるのは嫌なの?」
振り返ると、すぐに腕を引かれた。
「嫌じゃない。俺は樹里が好きだから」
初めて名前を呼び捨てで呼ばれ、柔らかくシュウちゃんにハグされたのを思い出していた。
「おい、聞いてんのか宮路。 いつもお前はボゥっとしくさってるなぁ〜」
宮本くんの声で、ようやく私は現実に返ってきていた。宮本くんと話している途中で、私はシュウちゃんとの思い出を記憶の底から手繰り寄せていた。
「ごめん。ちょっと思い出してた」
「何を」
シュウちゃんと一緒にいるようになってからは、毎日が楽しくて思い出を懐かしく掘り起こすようなことはなかった。
だが、シュウちゃんと数日離れただけで、もうさみしい。
「……色々だよ。マキには、宮本くんのこと宣伝しておくよ。それでいい?」
「おう、頼んだ。ついでに彼女の週末の予定きいといて」
「聞いてどうするの?」
「デートだ。空いてるなら、金曜日に誘いにくるから」
「へぇ、ずいぶんヤル気あるね〜宮本くん」
「おうよ! 工場もイマイングループの傘下に入れれば、今までみたいに営業に走らなくて済む。イマイングループ専属の縫製工場ともなれば経営面では安泰だからな。やっと俺もプライベートな時間を持てるようになる。これも話を持ってきてくれた岡田課長のおかげだよ」
安心したような宮本くんの言葉を聞いて、私まで嬉しい気分だ。
しかも、同級生の宮本くんがシュウちゃんのおかげだと喜んでくれているのが更に嬉しかった。