Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「良かったぁ、いたんだな。ライン見たか?」
聞き慣れた声に顔を上げる。

私の向かい側に薄手のコートも脱がずに座った彼。
黙ってじっと見つめてみる。

「あれっ樹里、どうかした?」
自分の顔を見ても、声を聞いても何も言わない私を心配そうな顔して見てくる彼。ブラウンの瞳がいつもより大きくなって、私を見ていた。

なんとも言えず可愛い。
心配そうな顔しちゃって。

「樹里…ちゃん? もしかして、怒ってる?」
彼は、私が怒っていたり不機嫌そうだと分かると名前にちゃんを付けて呼ぶ。

黙って彼を見つめたまま頷いてみせる。

「ごめんって。悪かったよ、仕方ないだろ? 会社では付き合ってるの秘密なんだし。樹里ばかりに優しく出来ないよ」
シュウちゃんは身を乗り出して、テーブルの上に置いていた私の手を掴もうとした。

だから、掴まれる前に、さっと手を引っ込めてテーブルの下へ手を隠す。

「ちょっ、樹里、マジで勘弁してくれよぉ」
仕事中にみせる自信満々のシュウちゃんの顔が、情け無くなって眉毛が下がるところを見るのが私は好きだったりする。

彼は、岡田 秀之(おかだ ひでゆき)。通称、シュウちゃん。

シュウちゃんは、私の彼であり、婚約者でもある。ついでに言うと、私の上司でもある。肩書きは、販売企画部の課長だ。


「そうじゃないの。シュウちゃんってば、どうしてコート脱がないの?」

「え、だってすぐに出るだろ?」

「どうして?」

「俺が来たんだから、もう飯に行くだろ?」

「どうして〜まだ飲んでるのに」
半分くらい残っているカップに手を添えてみせる。

「じゃあ、飲めよ。待っててやるから」

「なんだか嫌な感じ。シュウちゃんってば、随分と投げやりな言い方ね〜『待っててやる』だって。恩着せがましすぎて、ビックリ」

「ビックリって…頼むから、そんなことにいちいち引っかかってくるなよ」
ますます、困ったみたいにシュウちゃんの口がへの字になってきた。

「いちいちとか…なんかトゲがある言い方。シュウちゃん、日本語って難しいのよ。今の言葉、ウッて刺さったから、ウウッて」
大袈裟に胸を押さえてみせる。

「ごめんごめんって。脱ぐ、脱ぐよ。コートは脱ぐから。ゆっくり飲んでいいよ。いや、飲んでください。なっ? 俺もなんか買ってくるし」
コートを脱いで椅子に置き、カウンターへ向かうシュウちゃん。

シュウちゃんの背中を見ながら、急いで残っていたラテをごくごくと飲み干し、シュウちゃんが戻って来るのを待った。

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