Open Heart〜密やかに たおやかに〜
12、定位置
山田課長の提案通り、焼肉店に来ていた。
こんな日に肉なんか食べられない。何も食べたい気分じゃない。
「ほら、焼けた。食べろよ」
網から焼けた肉をトングで掴み、私の前にある小皿に乗せる山田課長。
「お一人でどうぞ」
「そう凹むなよ。いずれは、こうなったんだから」
「……」
「いい加減諦めろ。所詮手が届かない相手だったんだ。長い夢をみたとでも思えよ」
夢。
そうだ。シュウちゃんとの恋は夢だった、そう思えばいい。そう思い込めばいい。
じわじわくる胸の痛みと、視界を悪くする涙を無視して小皿に置かれた肉に箸を伸ばした。
「おい、その肉は、タレをつけて食べろ。鼻水をつけて食べるな」
「あ、味付けくらい好きにさせてください」
もう、冷えてしまった肉はタレをつけないせいか味がなくて脂っこく感じた。
鼻をすすりながら、肉を食べる。キムチを食べてサンチュを手にした。
「私、カルビは嫌いです」
肉は好きだった。ほんの少し前まで。
でも、シュウちゃんと離れてから、どういうわけか肉があまり好きじゃ無くなってきていた。
「知らない。最初にあんたが言わないから悪い」
「最初に言わないから悪い? そうですよね。最初に言わないから悪いんですよね」
シュウちゃんが初めから社長の息子だと知ってたら、あの日図書館で恋しなかっただろうか?
初めから身分が違うとわかっていたら、深入りして今の会社を紹介してもらうようなことにはならなかっただろうか。
初めからわかっていたら、わたしの人生は今頃変わっていたのだろうか。
箸をテーブルに置いたわたしは、俯いて膝に落ちる雫をみていた。
「……」
それから、目の前に座る山田課長は、何も言わずにビールを飲んで焼肉を食べていた。
ずっと俯いたままの私に山田課長は全く話しかけて来なかった。
だから、しまいにはバッグからティッシュを取り出し数回鼻をかんで涙も拭いた。
話さないでさえいれば、もう涙は流さないで済みそうだった。
「すいません、お会計お願いします」
店員に声をかけた山田課長は、ポケットからスマホを取り出して少しいじりポケットへしまうと私を見た。
「もう一軒、付き合ってくれ」
「……」
「社長の命令だ。意味はわかるな?」
冷たく鋭い瞳が私を捉えていた。山田課長の言うことは、すぐに理解できた。
社長命令なら、お金を受け取っている私は絶対に断れない。
「……わかりました」
本当は、もう帰りたい気持ちだった。でも社長命令なら仕方ない。
どこへ行くのか、何をするのかなど、私には関係ない。私は従うのみなのだから。