Open Heart〜密やかに たおやかに〜
タクシーを捕まえて、山田課長と後部座席に座っていた。
あまり食べてもないくせに服や髪に焼肉の匂いが染みついている。
「……」
「王子は所詮、ただの王子だったんだな。最初から町娘とは結婚しないつもりでいたのかな」
急に話し始めた山田課長は、顔を私の方へずいっと近づけてくる。
「どうした? また泣きたいのか?」
唇を噛んで、山田課長をきっと睨みつけた。
「泣きません」
イジワルな山田課長の前では、弱い自分を見せたくない。
こんなタチの悪い男に弱みを見せたら、面白おかしく利用されるだけだ。
「ふん、思ってたより強がりなんだな。……ああ、わかってきた。あんたって相当の強がりだから王子に金銭面で頼れなかったのか」
「……」
前を向いて、余計な事を聞いてくる山田課長を無視することに決めた。
「無視か。まあ、いい。俺はあんたに無視されても平気だ。あんたが自分の役を演じなければならない時以外は、自由にしておいてやる。その代わり」
まっすぐ前を向いていた私の顔を自分の方へ向かせるために山田課長は、私の顎へ手をかけた。
くいっと顔の方向を変えられた私は、間近で山田課長の瞳を見る羽目になっていた。
「演じてる最中にヘマをやらかしたら、ただじゃおかないからな」
「!」
大蛇に睨まれた蛙になった気分だった。私は、この鋭い瞳から逃げられない。どうやら、それだけは確実だと感じていた。