Open Heart〜密やかに たおやかに〜
タクシーは、都内の有名なホテルの前に到着した。
降りた私は、先に歩く山田課長の後をついていく。
「山田課長、社長とここで会うんですか?」
「……」
今度は逆に私が無視される番だった。
広く贅沢な空間を取ったラウンジに足を入れる。一番奥まった窓際の2人がけの席に行くと、山田課長はどっかりとソファに腰をおろした。
戸惑いながら、むかいの席に座る。
「少し待ち時間がある。好きなものを頼め」
「はい」
山田課長は、ホットコーヒーを私は、ホットミルクティーを頼んだ。
どっかりと背もたれに寄りかかり私を見る山田課長が、さっきから気になっていた。
「山田課長、何か?」
「……いや」
「でも、さっきから何か言いたそうですよね?」
「言いたいわけじゃない。不思議だから見ているだけだ」
「不思議?」
「ああ、あんたは、ただの町娘だ。器量が良いと町の噂になるほどの女でもない。だとすると平凡だから王子は、あんたを気に入っんだろうか?」
腕を組み首を傾げている山田課長が憎たらしかった。
山田課長は、つくづく冷たい人間だ。人の事を思いやろうとする精神が、ぽっかり抜け落ちているように思えてくる。
「俺が結婚するときは家柄のいい自分がトクを得られる女と決めている。間違えても貧しい町娘とは結婚しない」
「やっぱり……」
「なんだ?その馬鹿にしたような言い方は」
体を起こした山田課長の目つきがきつくなっていた。
「そんな考え方の人に私やシュウちゃんの気持ちは理解出来ませんよ」
「なんだと?」
「私はシュウちゃんを本気で愛しています。この気持ちは理屈では説明出来ません。コレコレこうだから好きとか、好きになった明確な理由なんて特に考えたことありませんよ」
「は?」
理解出来ないように深い皺を眉間に刻む山田課長を見るのは、少しだけ爽快で、少し切なかった。
シュウちゃんを好きになってしまった理由なんかない。あの時、図書館で出会ったシュウちゃん。ひと目見て、出会うべくして出会う運命の人だと私の体が、心が、そう感じただけだ。
運命か……。
私が感じた運命は、誤解だったのだろうか?
シュウちゃんと離れてしまった今、私が感じた運命の果ては、別離に繋がるものだったのだろうか。
私の気持ちなんか聞いてないとでもいいたげに、山田課長は長い足を組み替えて、また背もたれに深く寄りかかった。
それから、数分後、
「あ、いよいよお出ましだ」
背筋を伸ばしてジャケットの襟を正した山田課長は、私にニヤリと笑って見せた。