Open Heart〜密やかに たおやかに〜

「シュウちゃん、結婚することにしたようです」
味噌汁をすする山田課長に話しかけていた。

本日の日替わり定食は、アジフライがメインのものだった。

私は、なんだか食欲が湧かずに箸を持ったものの、アジフライを眺めたままで時を過ごしていた。

味噌汁のお椀をトレーに置いた山田課長、
「ふん、王子の奴、やけに早く決めたもんだな。あ〜、相手のオンナ、美人だったし、有名な投資家のご令嬢だもんな」

山田課長は、豚肉の生姜焼きを一枚箸でつまみ、ちぎることなく器用に口へ入れた。噛みながら、次にキャベツへ箸を伸ばしている。

「まあ、早く決断しないと、あの手のオンナは売れ行きがいいだろうからな」

「シュウちゃんとお似合いでした。並んでるところなんか、釣り合いが取れていて」

「釣り合い? それ、あんた、本気で言ってんの?」

「はい、本気です」

「ふん、ようやくわかったんだ?自分の定位置」

「はい、ようやく」

苦笑いをして、付け合せのしば漬けに箸を伸ばす。

しば漬けでごはんを食べ、味噌汁を飲んだ。

「アジフライ食わないのか?」

「はい、良ければどうぞ」

「じゃ、アジフライを俺の皿へ乗せろ」

「はい、どうぞ」

自分で取ればいいのにと思いながらも、アジフライを箸で掴み山田課長の皿へ移動させた。

すると、すぐに
「じゃ、これはお返しだ」
と、生姜焼きをひと切れ、私の皿に移動させる山田課長。
なんだか、お弁当のおかずを交換する友達同士みたいで照れ臭い。

「食欲ないのに」

「馬鹿言うな。人間は、タンパク質を摂取しないと血管が細くなる。食べろ」

「血管ですか。でも、1日くらいなら食べなくても」

「1日を馬鹿にして無駄に過ごすな」
アジフライを食べ始めた山田課長。

大袈裟な人だな。山田課長って。

そう思ったが、メガネの奥に見える鋭い目に監視され仕方なく豚肉の生姜焼きに口をつけた。

フライよりは、食べやすい。交換して良かったかもしれないと思いながら、ごはんを頬張った。
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