Open Heart〜密やかに たおやかに〜
少しして、シュウちゃんがカップを手にして戻ってきた。
「何それ?」
「ブレンドコーヒー」
「いつも、それだね。シュウちゃんって芸がないなぁ〜」
「仕方ないだろ。甘いのは苦手なんだから」
「なんか、つまんない」
「え?」
椅子に座ったシュウちゃんは、すぐに固まる。
「シュウちゃんって、つまんない男ね〜」
「な、なんでだよ」
「だって、毎回同じものを飲むなんて、冒険心が足りないってことよ。きっと、シュウちゃんと一緒に暮らしたら、毎日同じことの繰り返しで生活が超退屈で嫌になりそう」
実をいうと、シュウちゃんから、俺たち婚約したんだし、あとは結婚準備が整うまで、一緒に暮らさないかと誘われていた。
私の言葉を間に受けて、素直なシュウちゃんが焦った顔をするのが面白い。だから、からかうのが止められないのだ。
「そっ、そんなことないだろ。コーヒーなんかで毎日の生活まで決めるなよ」
「じゃあ、何で決めるわけ?」
「それは……もっと違う面も見て、おいおい…わかると思うし、樹里は、たぶん俺と暮らしたら、毎日がアドベンチャーだろうな。うん、間違いない」
アドベンチャーだって。子供みたいなこと言って。
とっても可笑しかったが、指で腿をつねって笑い出すのを我慢した。
「もう飲んだし、出ようかな」
無表情で椅子を立ち上がると、シュウちゃんが急いでコーヒーを飲もうとカップを口につけた。
「あちっ、あちい〜っ」
口を押さえて、私をチラ見するシュウちゃん。
これ以上意地悪すると、シュウちゃんは更に慌てて大火傷しそうだ。
だから、ゆっくりと座ってあげることにした。
「待っててあげるね」
「ありがとう樹里」
カップのフタを開け、ふうふうして冷ましているシュウちゃんは、幼く見えてとても可愛い。
シュウちゃんは、私より5つ年上の29歳。年上だけど、普段はそんなふうに思えなくなることが多い。
テーブルに頬杖ついて、シュウちゃんの可愛らしい様子を見る。
仕事中には絶対に見られない可愛らしい表情だ。
「ん? どうした、樹里」
「可愛いなぁ〜って見てたの」
「俺?」
コクコクっと頷いてみせた。
「可愛いってのは、どうかなぁ。俺、年上だぞ」
「でも、可愛い」
じっと見つめると、やがて段々赤くなってくるシュウちゃん。
「シュウちゃん、顔あか〜い」
「樹里のせいだろ」
「どうして? 見てるから?」
まだ、頬杖ついてシュウちゃんを見つめた。
「ん、そうだよ。あと、仕事中に見るの無しな」
「どうして?」
「照れるし、全く仕事にならない」
「ふ〜ん。わかった」
頬杖を止めて、椅子に深く座り椅子の背に寄りかかる。
すると、今度はシュウちゃんがテーブルに乗り出してきた。
「そうだ。樹里、今からスマホ買い替えに行こうか」
「え?」
「ひび入っちゃっただろ?」
スマホのカバーを開き、ひびの部分を指でなぞる。
「いーよ。まだ使えるし」
「でも、凄く嫌なんだろ? ビンボーみたいだし、だらしないみたいで」
「アレは冗談だよ。自分の不注意だから、文句言えないもん」
「しかし、そんなにひび入るもんなんだな。誰かに踏まれたのかな?」
「さあね。わかんないけど、眠って落としてた私も悪いし」
スマホのカバーをしめて、バッグへしまった。
「でも、まあ買い替えたくなったら言えよな」
そう言ってからシュウちゃんはコーヒーを飲んだ。
「いーよ。そうなったら自分で買うから。スマホくらい私でも買えるわよ」
「そうか? でも遠慮するなよ」
「うん、ありがとう」
私が笑顔を見せると、シュウちゃんも笑顔になった。
「あのさ……樹里。実はさ、肉がさ」