Open Heart〜密やかに たおやかに〜
「いやぁ、岡田課長には俺ホントに感謝してるんすよねー」
前菜のフグの煮こごりに箸を入れる宮本くん。
「俺に……ですか?」
「えぇ、岡田課長が専属の縫製工場を持ちたいって社長に提案してくれなかったら、うちの工場は未だに火の車でしたから」
笑みをもらす宮本くんは、ビールのグラスに指をかける。
「イマイングループの傘下に入って無けりゃ、こんな風に余裕で、こんなオシャレな場所で飯なんか食えてなかった。きっと、今頃、銀行に頭下げるか、金策や営業に駈けずりまわる毎日でしたよ」
宮本くんは、ビールをひとくち飲み窓の景色を眺めた、
「全部、岡田課長のおかげです」
大袈裟に見えるくらいに宮本くんは、シュウちゃんへ向けて頭を下げる。
「いえいえ、そんなことはありません。宮本さんの工場は、大変優れた縫製技術のある工場です。だから、未だにアパレル業界で生き残っていけてるんですよね。違いますか?」
「確かにうちが誇れるのは、縫製工場としての品質だけです。それしかないから」
グッと一気にグラスを開ける宮本くん。
そんな宮本くんを見て、きっと随分苦労してきたんじゃないかなって思えた。
不景気で工場が軒並み潰れていく中、家業を継いだ責任者として、懸命に頑張ってきたに違いない。工場で昔から働いてくれている人たちのためにも、簡単に潰す訳にはいかなかったのだ。
その重圧と苦悩から救ってくれたシュウちゃんに宮本くんは、並々ならぬ感謝をしているんだなって感じがする。
「なんか、悪かったな。しんみりしちまうような話して」
明るい笑みを浮かべる宮本くんに合わせて、私も笑顔を見せた。
「だけど、課長、イマイングループの傘下に入るってことは、宮本さんの会社の筆頭株主は一体誰ってことになるんですか?宮本さんのまま?」
私は考えもしていなかったようなマキの難しい質問に、シュウちゃんか優しく微笑んだ。
「形式の上では、一応イマイングループが筆頭株主なんだ。だけど、経営権をうちが行使するつもりは無い。新規事業の話は、俺に一任されている。だから宮本さんの会社の経営は、今までとさほど変わらないままで大丈夫なはずだ」
シュウちゃんの言葉に安心したようなマキ。
「そうなんですね。じゃあ、グループ傘下に入ったことだし、もう宮本さんは社長として安泰ですね」
「ホント、ラッキーだったよ。ダメ元で岡田課長の所に営業にいって、やっぱ正解だった。人との出会いって、案外大切なんだよな」
宮本くんは頷きながら、せっせと箸を動かして料理を口へ運んでいく。
人との出会い。
確かにそれは、大事で、そして難しい。
「全然食べてないな。具合でも悪いか?」
隣のシュウちゃんが、箸をあまり動かさずにいた私に気がついたようだ。
「いえ、平気です」
シュウちゃんの方へは向かずに、笑顔をつくって応えた。
「そう、ならいいんだ」
「うわっ、まただ」
マキが急に声を上げた。
「聞いて下さいよ、宮本さん。岡田課長って、いっつも樹里のことだけ心配してるんですよ。私なんか一度も心配されたことないんですからね」
宮本くんに愚痴るマキ。
「そうなんすか? あっ、でも…俺も宮路達は付き合ってんのかなって思ってたからなぁ」
何かが引っかかるみたいに宮本くんは首を傾げた。
「正直さ、俺は宮路には岡田課長のが合うと思うんだよな。さっきの…えっと、なんつー名前だったかな。あっ、山田課長だ。あの人より岡田課長のがいいよ、宮路」
「な、何言ってんの?宮本くん。もう酔った?やだなあ、全く。ハハッ」
笑って必死に誤魔化していた。
本当の自分の気持ちが、決してシュウちゃんには悟られないように。