闇喰いに魔法のキス
!
心が、震えた。
奴の中にあるもの。
それは、過去の傷と、復讐心だけ。
「…もう、僕には何も怖いものなんてない。
“復讐”以外に、“生きてる意味”もないんだよ」
掠れたエンプティの声が、小さく俺の耳に届いた。
目の前のエンプティが、初めて心を見せた気がした。
そこに見えたのは、他人を拒絶し、震えて小さくうずくまる少年。
その姿を必死で隠すように、嘘と悲しみで自分を塗り固め
こいつは、“エンプティ”としてここに立っている。
沈黙が辺りを包む中
エンプティが低い声で呟いた。
「…兄さんだって、始まりは僕と同じだったはずなのに…。
どうして“そっち側”にいるんだよ…?」
俺は、微かに目を細めた。
エンプティの声が、心の奥まで入り込んでくる。
「兄さんには、親と呼べる存在も、信頼できる相棒も、命よりも大切に思える人だっている。
…過去が少し違えば、そこに立っていたのは僕だったかもしれないのに。」
嫉妬なんかじゃない。
それよりも、もっと深く、悲しみややり切れなさが入り混じったような声が響いた。
…確かに、俺も何かが少しでも違えば
エンプティと同じ場所に立っていたかもしれない。
魔法使いが憎いのは同じだ。
自身に流れている血も、忌々しい。
でも、そんな自分を支えてくれたのは
道を踏みはずそうとした俺の手を引っ張りあげてくれたのは
他でもないラドリーさんやモートン、ロディ
そして……ルミナだ。
俺と、エンプティの違いは、それだけ。
俺は、小さく呼吸をした後
エンプティに向かって口を開いた。
「俺が闇喰いをしてきたのは、ルミナを守る為…ラドリーさんに恩返しをするためだ。
だけど、それだけじゃない。」
「…!」
エンプティが微かに眉を動かした。
俺は視線を逸らさずに続ける。
「俺は、お前にシンを渡さないために、ずっとルミナの中に眠るシンを守ってきたんだ。
闇に堕ちたお前の手を引っ張り上げるのが、俺の仕事だから。」
エンプティは、大きく目を見開いた。
静まり返る研究所跡地に、俺の声が響く。
「もう、俺はお前に罪を重ねさせるわけにはいかない。手を汚して処刑されるのは、俺だけで十分だ。
俺は、研究所から逃げ出した分、お前を救う責任がある。」
「!」
ザァッ…!
俺とエンプティの間を、沈黙ごと吹き飛ばすような風が吹き抜ける。
その時
エンプティが微かにまつ毛を伏せて口を開いた。
「……そういうとこが……嫌いなんだよ。」
ぽつり、と呟かれた言葉は、微かな動揺を伝えた。
「僕は、ずっと一人だったんだ。
それを今さら…、…遅いんだよ…。」