闇喰いに魔法のキス
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コツコツコツ……
静かな廊下に、二人分の足音が響く。
私は、無言でミラさんの後に続いて歩いていた。
…緊張と不安で、胸が苦しい。
お腹も痛くなってきた。
この先に待っているのは、絶望かもしれない。
でも、私は会いに来た。
最期の時まで、レイともっと話していたい。
…もう一度、声を聞きたい。
その時、ミラさんが、ふと足を止めた。
廊下の突き当たり。
左側には、荘厳な装飾が施された扉がある。
……ここが、傍聴席への入り口…?
私が、ごくり、と喉を鳴らすと
ミラさんが私に向かって口を開いた。
「…何があっても、後戻りはできないわよ。
それでも、いいの?」
…!
私は、力強く頷いた。
ミラさんは、私を見つめた後
ゆっくりと扉に手をかけた。
……ガチャ。
重く、大きな扉が、開かれた。
「……!」
私は、目を見開く。
そこには、三列ほど席が並んでいて
腰あたりまでの高さの茶色の柵の向こうに、レイたちと、ガロア警部の姿があった。
扉の開く音が響くと共に、レイたちが一斉にこちらを見た。
綺麗な碧眼と目が合う。
「!……ルミナ…?!」
レイの驚く声が法廷に響いた。
ロディたちも、目を見開いてわたしをみつめている。
…裁判、という感じではないみたい。
私たちの他には、誰もいないし…
まるで、ただ集められただけのよう。
私は、席の合間を縫うようにして、柵越しのレイに駆け寄った。
柵の上には、透明な魔方陣が張られているようで、彼に触れることはできない。
柵にすがるようにして体を寄せると、レイも私に近づいて手を伸ばした。
透明な壁を挟み、私とレイの手が重なる。
「レイ……!」
レイの瞳を間近で見た瞬間
私は涙が溢れそうになった。
ぐっ、と涙をこらえながら、私はレイを見つめる。
すると、レイが怒ったような声で私に言った。
「ルミナ、どうしてここに来た。
今すぐ帰れ。ここで何が起こるのか、分かってるのか。」
…!
私は、レイをまっすぐ見つめ続ける。
レイは、心乱れたように言葉を続けた。
「俺たちは、今から罪状を告げられるんだ。
お前の前で、死刑宣告を受けるわけにはいかない…!」
“出て行ってくれ”
“俺のことは、忘れてくれ”
その瞳は、ギルと夜の街を歩いた時
彼が私に向けた瞳と同じだった。
私を傷つけないために、私から遠ざかろうとする、優しい瞳。
レイは、私に尋ねた。
「スープはどうした。飲めって言っただろ」
!
その時
私の中の、何かが動いた。
「……“スープ”…?
薬入りのスープなんて、シンクに全部流したよ。」
「…っ!」
私の言葉に、レイが目を見開いた。
私は、レイの瞳を見つめたまま
透明な壁越しに、彼に叫ぶ。
「レイは、何にも分かってない。私のために、全部一人で背負いこんで…!
私は、レイの事を忘れたって、幸せになんかなれないよ!」
瞳の奥を揺らすレイに、私は必死に伝える。
「私、前に言ったよね。“あなたが私のために犯した罪なら、それは二人の罪なはずだ”
って。
私は、私を守ってきてくれたレイたちの処刑から自分だけ逃げちゃいけないと思うの」
私の瞳に、涙が溢れた。
ぐしゃり、と崩れた顔を伏せ、私は掠れた声で続けた。
「処刑を受けないなら、ちゃんと最後まで目を逸らさずに、逃げずにレイたちを見届けることが
…ギルに生かされてきた、私の責任だと思うの。」
レイは、苦しそうに顔を歪めた。
そしてそのまま、透明な壁につけた手を
ぎゅ…、と握りしめる。
…つらいよ。
レイたちが、罰を言い渡されるところなんて見たくない。
自分の元から去る瞬間なんて、見たくない。
でも、自分のせいで罪を重ねた人たちを忘れて、自分だけ日の当たる世界で幸せになるなんて、ダメだ。
…ごめんね、レイ。
私がここにいることで、誰よりも傷つくのはあなただと、分かっているけど
私は、あなたから逃げないと決めたの。