闇喰いに魔法のキス
その時
レイの小さな声が、耳に届いた。
「……ごめんな、ルミナ。
もっと早く、お前を突き放せばよかった。」
私の肩が、微かに震える。
ゆっくり顔を上げると、弱々しく瞳を光らせるレイと視線が交わった。
レイは、低く言葉を続ける。
「こんなつらいことを選ばせてしまう前に、お前の前から姿を消せばよかった。
……好きだなんて、伝えてはいかなかった」
!
私の頬に、涙がつたった。
レイは、透明な壁越しに私の涙を拭おうと手を伸ばす。
触れることのできないもどかしさに、レイは眉を寄せて呟いた。
「…俺、我儘だけど…悔いを残したまま死にたくなかったんだ。
ガロア警部から連絡を受けた時、ルミナと、もっと二人で過ごしたいって思った。」
…っ!
私は、レイを見つめながら尋ねる。
「だから昨日、急に私とデートしたの…?」
「あぁ。
どうせこの世から消えるなら、ルミナの思い出を連れて一緒に消えたかったからな。」
レイは、優しく瞳を細めて小さく言葉を続けた。
「…ルミナを腕の中に抱き締めて眠る夜が、あんなに幸せだとは思わなかったよ。
ルミナの願いを何でも聞くって言っといて、俺の願いばっかりになって悪かったな。」
私は、ふるふる、と首を横に振った。
もう、何て言葉にしていいのか、分からなかった。
言いたいことは、たくさんあるのに
それらが、全て涙に変わって頬をつたった。
レイは、小さく呼吸をして続ける。
「俺は、ラドリーさんに生かされてから、ずっとこの世からいつ消えてもおかしくない存在だった。
戦いの中に身を置いて、命の危険が伴う程の深い傷を負った時もあった。」
リオネロにギルの胸が切り裂かれた夜の記憶が頭に蘇る。
私が静かに涙をこぼすと
レイは、優しく微笑んで、囁いた。
「そんな俺が今ここに居られるのは、俺を支えてくれた仲間がいたからだけど…
俺が今幸せなのは、ルミナがいてくれたからだ。ルミナがいたから、闇喰いを全う出来て、ルオンとも向き合えた。」
レイの言葉に、ロディやモートン、ルオンが目を見開く。
そして、感情が溢れ出すのをこらえるように口を結んだ。
ガロア警部とミラさんも、レイと私を黙って見つめている。
レイは、私に背を向けた。
はっ!とした瞬間
レイの声が法廷に響く。
「俺たちがいなくなった後の生活は心配するな。タリズマンの保護プログラムでどうにかなる。
ルミナは、ラドリーさんの家に戻って、俺たちと出会う前の生活に戻れ。」
!
「レイ…!」
引き止めたくても、私にはどうすることもできない。
レイたちの罪をなくすことなど出来ないし、肩代わりすることも出来ない。
私は結局、無力なままだ。
レイの困ったような声が小さく聞こえた。
「はは…、俺、本当にルミナを泣かせてばっかりだな。
…ごめんな。こんなサイテーな男のことなんて、早く忘れて幸せになれよ、ルミナ。」
「や…やだ!忘れられるわけないよ!
そんなこと、嘘でも言わないで……!」
すると、レイは小さく振り返って呟いた。
「…嘘じゃない。
今のは嘘じゃないよ、ルミナ。」
…!
“…俺、今からお前に嘘をつく。”
“今から言うことは俺の嘘だから、熱に浮かされたうわ言だと思ってくれていい。”
最後の戦いに行く前のレイの言葉とは違う。
あの時は、“嘘”で
今は……“嘘じゃない”。
嘘って言わないのが
レイの、最後の優しさだった。