A girls meeting
「お待たせいたしました。生ビールとウーロン茶でございます」
スタッフが絶妙なタイミングでカーテンの向こう側から現れ、テーブルの上にジョッキとグラスを置いていく。
「本日のご予約は、コースとなっておりますので、前菜の方只今お持ち致します」
それだけ言うと、スタッフは再びサテンの壁の向こう側へと姿を消した。
「じゃあ、乾杯しますか?」
高柳が金色の飲料が入ったジョッキを片手に持ち、景子に声をかける。
「了解です。かんぱーい」
「合格おめでとう」
「ありがとうございます」
ジョッキとグラスがカチンと音を立てて、景子の持っているグラスの中で氷の入ったウーロン茶がゆらりと揺れた。
高柳のジョッキの飲料の仲で泡が上昇し、その様子を景子はなんとなく目で追った後、自分のウーロン茶を一気に喉に押しこむ。
氷が唇に触れ冷たい。
「もう景子ちゃんも大学生か」
改めて高柳は感慨深いといった様子で、景子を見た。
「本当に先生のおかげです」
「いやいや、景子ちゃん頑張ったもん。単語とかよく覚えたよね、あの短期間で」
「単語は本当死ぬ気で覚えました。まだ残ってますよ、先生の作った小テスト」
「あの手書きの?」
「はい」
「汚い字のやつね、はいはい」
「そんなことないですよ」
「あれね、授業前に慌てて作ってたから、本当に字汚い」
「そうだったんですかー」
笑いながら会話をしていると、スタッフが次々と料理を運んでくる。
前菜という名のフォンデュに、ガーリックポテトフライ。
メインのパエリアは、大きな海老が沢山入っていた。
高柳は小皿にパエリアをよそい、景子に手渡す。
「どうぞ」
「ありがとう」
大きな海老をスプーンですくい、口の中に入れる。
引きしまった身が景子の口の中ではじけ、甘みが広がった後、海老特有の香りが鼻腔に広がった。
「どう?」
「美味しいです」
「よかった。俺も食べてみよ」
「どうですか?」
「美味しい!」
「よかったです」
「俺の真似じゃない?それ」
海老を飲み込んでから高柳は景子に指摘する。
「ちょっと、言ってみたかったんです」
「景子ちゃんって、塾のイメージとだいぶ違うかも」
「先生もですよ。塾の時の方が真面目だし」
「景子ちゃんは、真面目な方がいい?」
「今の先生も好きですよ」
突発的に答えてから、景子はハッとする。
今さらりと告白してしまわなかったかと心配になったが、高柳の表情は何一つ変わっていない。
これが大人の余裕なのだろうか。
「マジか。ありがとう。景子ちゃん」
さらりと受け流されて、景子は心の中で大きな溜息をつく。
景子にとっての真剣な言葉は、高柳にとって言葉遊びにしか感じないのだろう。
こうなったらヤケになるしかない。
「いえいえ、先生ってそういえば、彼女いるんですか?」
「え?いないよ。なんで?」
「なんか、いそう」
「いたら、景子ちゃんとここに来ないよ」
「本当ですか?」
「本当だよ、ここ一年ぐらい彼女いないかも」
前はいたんだ……。と
いうツッコミをするとややこしくなりそうなので、景子は次の質問をすることにした。
「好きな人とかもいないんですか?」
「あー、好きな子か。まあ、気になってる子はいるけど。その子俺の気持に気がついてなさそうなんだよね。脈はありそうなんだけど」
笑顔でさらりと言われ、景子は聞かなければよかったとショックを受ける。
一緒にデートをしているといえども、やはり先生と生徒の溝は埋められないのだろうか。
その矛先が自分の方へ向けることは不可能なのだろうかと不安が胸の中に渦巻く。
先程までの高揚感はどこかへ消え去ってしまっていた。
「先生みたいな人に好かれて貰えるなんて、その子幸せですね」
なるべく笑顔を浮かべて景子は高柳に言う。
顔の見えないその子が羨ましくて仕方がない。
そのうち高柳は告白をして、その子と付き合うのだろう。
彼の気持の矛先が自分に向いてほしいと、強く思う景子だった。