S系御曹司と政略結婚!?
そのひと言に何も返せないまま視線を落とす。あれほど責めていた私が彼の衝動の一因。この事実が重く心にのしかかった。
きっと、いつもの和也だったらあっさり片づけられた。主の手を封じることも簡単だったはず。
私ひとりの存在が彼の正常な判断を鈍らせた。それを知り、初めてひとりよがりな自分を恥ずかしく感じたの。
男なんて信じられないと決め込んで。裏切られる前に逃げて、人ときちんと向き合わずにきたのだと。
今の私が出来ることは何なのか。そう考え込む前に、握り続けていた手に力を込めて返す。
「やっぱり、ちゃんと言って欲しかった。……でも、話したくないことまで話してくれて、ありがとう」
こちらの反応をずっと気に病んでいたのか、「華澄」と呼ぶその声が掠れていた。
「これからは私だけにして。それで許してあげる。……か、和也っ!」
闇に濡れたような瞳を見つめながら、どさくさ紛れに初めて名前を呼んでみた。
「そんな当たり前のことで?」
その瞬間、目を丸くした彼は嬉しそうに顔を綻ばせる。冷たさとは無縁のその表情を見て、私も頬を緩ませた。
取った行動を許しきれない部分は確かにある。だけど、ここで責めても結果論にすぎなくて。
諦めたというよりは、正直に白状して後悔する和也の本音を聞いて、歩み寄りが足りなかったことに気づいたの。
嫌いな相手との政略結婚に反発していた私にも反省すべきところはあるから。
「それなら、何かあった時はすぐ離婚も追加するね」
「んなの、いらねえよ。もっと華澄に溺れさせろ」
離婚のフレーズを聞いた瞬間、“S”神野が覚醒したらしい。妖しい発言と眼差しでこちらに近づいてきた。
布団を頭から被って逃げようとしたのに、点滴の管とヤツの腕に阻まれてそれは叶わず。
「わ、私っ、体調悪いのっ!もう寝るからっ!」
「ああ、おやすみのキスが必要だったな。消毒するからちょっと」
「待つわけないでしょ!?病人なんだけど!」
「なら、代わりに俺の名前呼ぶか?」
「……かず、や」
あと少しで鼻が触れそうな距離の中、ぽつりと呼ぶと鼓動の早さが加速していく。
「もっと」
微笑みとともに催促する“S”神野の魔の手に嵌まっている私は、この人と家族になりたいと感じたの。
ふたりの心がひとつになれたこの日を、私はきっと生涯忘れることはない。