S系御曹司と政略結婚!?
メイクや着替えなどきちんと準備を済ませて部屋を出ると、足早にダイニングルームまで向かっていた。
煌びやかな調度品と絵画が飾られたこの家。私にもその価値は分からないけれど、“それなり”の物なのだろうと思う。
私室から目的地までの遠さに早足が全速力となり、今日も朝から息が切れる。急いでいる時にこの無駄に広い家は天敵と化す。
ダイニングルームが視界に入ったところで足を止め、すぅと深呼吸。……室内を走らないのは当たり前で、バレてはいけない。
息を落ち着かせて少し急ぎめに歩いて行くと、ダイニングに通じる扉の前で由紀子さんが姿勢を正し立っていた。
——つまり、朝食を食べている時間はないということ。
スタスタと歩き始めた彼女に続き、目指すは白で統一された眩しい玄関ホールだ。
暫くして玄関ホールから伸びる中央階段を下り、ようやく外に出られる出入り口に着いた。
「今日は車内でこちらを召し上がって下さい。朝食抜きでは仕事に差し支えます」
彼女はその場で持っていた藤のバケットを手渡してくれる。それを受け取りながら、チラリと腕時計に視線を落とせば、時刻は7時30分をゆうに過ぎていた。
「ありがとう、行ってきます!」
「いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
柔らかな笑みを浮かべた由紀子さんから恭しい態度で見送られる。
玄関前につけられた車の扉を開けて待機する運転手さんと挨拶を交わし、後部座席に飛び乗った。
「恐れ入ります、お嬢さま、お時間が危のうございますから少々急ぎますね」
「ええ、いつもごめんなさい。小野(オノ)さん」
「とんでもありません」
穏やかな笑みを浮かべた彼とバッグミラー越しに会話をすると、そこで仕切り窓が閉じられた。
その瞬間、どっと疲れが襲ってくる。……またやっちゃった、と。