S系御曹司と政略結婚!?
ようやく挨拶も終わって、ほぅとひと息つく。それでも表情は緩めない。そこに耳元で話し掛けられた。
「ちょっ、と!耳元で話すなって言ってるでしょ?」
少し気が抜けていた私は不意打ちに驚き、小声で文句を言う。
「アホ、話を聞かねえからだろ」
その態度、ここが公の場だってこと忘れてませんよね?これでバレていないのが不思議だ。
「俺はこれから取引先に挨拶してくるから、ここで大人しくしてろ……いいな?」
隣に立つ私が聞き取れるほどの小さな声で、非情に面倒くさそうに命令してきた。
ここは素直に頷いた私を置き去りに、彼は颯爽と会場を闊歩して行く。
見た目は完璧なヤツはこの会場の女性も虜にしているらしい。その大きな背中を見つめていたのは、私だけじゃなかったから。
人ごみにまぎれて姿も見えなくなり、お世辞オンパレードな挨拶のおかげで喉が渇いた。
近くのボーイさんにオレンジジュースをお願いし、素敵な香りを目指して歩き出す。
ヤツは動くなって言っていたけれど、緊急事態を制する力は無いでしょう。
それに、金のためなら時間なんて厭わない亡者のことだ。いつ帰ってくるかは分からない。
言い訳を考えながらビュッフェ・スペースに到着し、パティシエお手製のスイーツの数々に魅入っていた。
大事なところでボーッとしてるとよく言われるのは、きっと危機意識が薄いのかもしれない。
「……華澄?」
聞き覚えのあるこの声が、封印したはずの過去をあっさり呼び覚ます。そんな人がここにいたなんて知らなかった。