S系御曹司と政略結婚!?


社屋の通用口に足を踏み入れたその瞬間、いやな視線をいつもの場所から感じて立ち止まる。

そろり、と視線を向けた先は受付カウンターで、そこに背を預けながら悠然と佇むひとりの男性と目が合った。

「おはようございます、副社長」

姿勢を正してこちらに歩み寄って来た彼は私の秘書を務めてくれる、神野(ジンノ)さんで、毎朝こうして出迎えてくれるのだ。

「おはようございます」

定例どおりの挨拶を交わすと、じつに優雅な笑みを浮かべている彼。こちらは頬の筋肉が朝から攣りそうになのに。

「では、行きましょうか」

低く落ち着いた彼の声に誘われ、今日もまた1日がスタートする。

ふたりで重役用エレベーターに向かうまでにすれ違う社員とロビーで挨拶を交わしていく。

彼らはこちらが申し訳なくなるほどに平身低頭で、私は困り果てながらももちろん笑顔を貫き通す。

悲しいけれど、どれほど頑張ってみても越えられない壁が存在している。

落ち込みかける心を宥めながら、神野さんと重役用エレベーターに乗り込んだ。——副社長室のある階を目指して。


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