S系御曹司と政略結婚!?


「……もう飲むな」

向かい合って座っていたヤツが突然立ち上がり、私の目の前に置かれたワインボトルを取り上げた。

「ちょっと返してよーー!」

椅子から立ち上がった私が背伸びをして、必死に取り戻そうとしても高身長には到底及ばない。

「ったく、俺が来るまでに普通こんなに飲むか!?強くもねえのに一気に煽るな!」

悔しさを噛み締めながら椅子に座り直すと、向かいの席でそのボトルからワインをグラスに注ぐ男を睨んだ。


あれからヤツがリビングに現れる10分程度のあいだに、私はワインボトルを半分開けてしまった。

基本的にお酒に強くないので、自分から進んで飲むこともあまりない。

友人との食事会ではソフトドリンクを頼み、パーティーでもシャンパンを一杯飲む程度だから。

——だけど、今日は“お酒の力”を借りたくなったの。

この苦しさをお酒で紛わせて、ただ現実逃避をしたかった。


「気分悪いのか?」

ぼーっとしている私がお酒に酔ったと感じたのか、珍しく労わるような言葉をかけてきた。

「大丈夫」と微笑み返すと、食欲もないままにサラダに手をつける。

そんな私を見て安心したのか、ヤツもまた食事を始めた。

静まり返ったダイニングルームに響くのは、フォークとナイフを動かす音のみ。

目の前にヤツがいるのに、防音室でひとりで食事をしているような気分だ。

マズイとさえ言われない料理の味なんてしない。こんな虚しい時間をなんで共有しているの……?


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