S系御曹司と政略結婚!?
白く華奢なその手を握ろうとした瞬間、「やめて下さいっ!」と背後から声が掛かる。
肩越しに振り返ると、叫んだらしい人物はつかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「華澄ちゃんに触らないで下さいっ!」
あろうことか睨みつけられる始末で、俺は煩わしさを感じながら立ち上がった。
「キミは華澄の秘書の井川さんだね?今のはどういう意味かな?」
こんな状況でも仮面をつけてしまう自分に、最も腹が立った。
情けないことに俺は、まだ体裁を守ろうとしているらしい。
だが、向き合う彼女にはいつもの様な笑顔が浮かぶことはなかった。
それどころか、嫌悪感いっぱいの表情で睨みつけられてしまう。
すると彼女は、どこかやり切れなさを滲ませながら、唇をキュッと噛んだ。
「……私、クビを覚悟で言わせて頂きます!
社長は……華澄ちゃんのことを、ずっと裏切っていたのですか?」
絞り出すような声で問いかける彼女の瞳は、怒りをもって俺を真っ直ぐ捉えていた。
——俺が華澄を裏切っていた?
彼女の発言の真意が読めず、訝しげな顔つきに変わっていく。
釈然としない俺に対し、目に涙を浮かべた井川さんがなおも話を続けた。
「本日の打ち合わせに、予定よりも早く向かいました。
私がっ、早く行こうと言わなければ良かったのに……!あ、んな光景……山内さん、なんて」
必死に虚勢を張っていたらしい彼女も、とうとう泣き始めてしまった。
最後は言葉になっていなかったが、彼女の発言には身に覚えがある。
まさか華澄にあの現場を見られていたとは思わなかった……。