S系御曹司と政略結婚!?
父親と同年らしき男性医師は軽く会釈すると、俺の目を見て穏やかに話し掛けてきた。
「ご主人様でしょうか?私はお嬢様の主治医を務める、高野(タカノ)です。よろしくお願いします」
「神野と申します。いつも妻がお世話になっております」
彼は医師特有の落ち着いた物腰で、人を安心させるような雰囲気を持っている。
「神野さん、お時間よろしいでしょうか?」
どうやら華澄の様子を見に来がてら、俺に病状説明をしに病室を訪れたらしい。
「はい、もちろんです」と、高野医師の言葉に頷き返す。
「では、場所を変えませんか?その間、お嬢様には看護師がついていますので」
高野医師は看護師を一瞥し、何らかのサインを送る。頷いた看護師が目を向けたのは、真っ赤な目をした井川さん。
どうやら先生は、井川さんを見て華澄とふたりきりには出来ないと判断したらしい。
名残惜しく病室を出ると、ひっそり静まり返った夕暮れの院内を進む。
その道すがら、彼は消化器官が専門でここの院長なのだと教わった。
しかし、華澄の病状については触れない。それが心配と不安を煽り、早く説明が聞きたかった。
着いた先は院長室で、その部屋には若い医師が待ち構えていた。
テーブルスペースで向かい側に医師ふたりが座る。高野医師は落ち着いた声で話し始めた。
「では神野さん、彼は尾崎(オザキ)先生です。あいにく今回は私の専門外でしてね。
今回のご説明と、今後については優秀な彼にバトンタッチします。どうぞご安心を」
その表情は優しく微笑んでいて、彼の発言の意味を読めずに硬い表情で頷く。
院長から託された尾崎医師は、苦笑混じりに口を開いた。
「改めまして、尾崎と申します。これからよろしくお願いします。……こういったことは本来ならご本人にお伝えするのですが、今回は事情が事情ですしね。
あ、安心して下さい、奥様は病気ではありませんから。この度は誠におめでとうございます」
「おめでとうございます、というのは?」
病気じゃなかったことにホッとしたものの、彼らの言葉は腑に落ちない。
首を傾げる俺に向かって、柔和な顔つきの高野医師はようやく答えを紡いでくれた。
「華澄お嬢様はご懐妊です。本当におめでとうございます」と。