S系御曹司と政略結婚!?
華澄が妊娠したと聞いた瞬間、身体からすべての力が抜けていくのを感じた。
「ほ、んとうですか?」と、頼りない男を露見させたのがその証拠だ。
「ええ、本当ですよ。ご本人さんから問診が出来ていないので時期は確かではありませんが、妊娠8週目に入る頃かと」
尾崎医師は放心状態の俺を安心させるような声で答えてくれた。
そこでようやく、じわじわと喜びが沸き上がっていく。……華澄の中に新しい命が出来たのだと。
「ありがとうございます」
日頃の打算的な表情なんかどこ吹く風。嬉しさを隠しきれない口元は自然と緩んでしまう。
妊娠8週目……心当たりは大アリだ。あの夜、避妊はしてない。——覚悟と期待が形になった。
「神野さん、お嬢様が目覚められたらご自身でお伝え下さい。これをお願いしたくてお呼び立てしたのですよ。
お嬢様は幼い頃お身体が弱くて、子供を望めない可能性だってありましたから。……すみません、昔から知っているので自分の娘のようで、つい」
涙ぐみながら教えてくれた高野医師。きっと華澄も彼には全幅の信頼を寄せているのだろう。
「ありがとうございます。一番に伝えますね」
優しさの滲む涙を見て、さらに幸福感が押し寄せてくるよう。
しかし、その傍らで尾崎医師の表情は険しいものに変わっていた。
「ですが神野さん、先に申し上げます。
お身体の弱い奥さまが出産なさるには母体に相当の負担を強います。今回は大事ありませんが、今後も何が起こるか分かりません。
出来ればお仕事のほうは、せめて安定期に入るまで止めて頂くことは出来ませんか?」
妊娠・出産は、健康な女性であっても身体に大変な負担を強いる。
身体の弱い華澄の場合、特に気を遣わなければ最悪の場合、命にかかわると暗に告げたのだ。
「分かりました。妻とそちらもよく相談します」
返答は保留にしたが結論は出ていた。——仕事は辞めさせる、と。
この喜ばしい出来事によって、俺は肝心な問題をおざなりにしていた。そう、一番大切なことを……。