S系御曹司と政略結婚!?
琴線に触れて
真っ暗な世界を抜け出すように重い瞼を開けば、小さな頃から見慣れた真っ白な天井が視界に入る。
昔はよく入退院を繰り返していたから、ここは病院だとすぐに分かった。
血管が細いからと、手の甲に針を刺されて点滴が繋がれるこの感覚も懐かしい。
「……華澄ちゃん!」
「み、く……?」
大きな声で呼ばれてそちらを見やると、真っ赤な目の実紅がベッドの縁から身を乗り出してきた。
『私、どうしたの?』
これが聞きたいのに、やけに身体がだるくて熱っぽい。喉も渇いているのか、上手く言葉を発せなかった。
そんな私に、「話さなくていいよぉっ」と宥める彼女。そのどんぐり目からは大粒の涙が零れていく。
「……良かった。社長室の前でいきなり倒れたからっ!」
ぼんやりしていた頭の中に、“社長室”のフレーズがこびりつく。……そっか、キス現場を見たあとの記憶がないわ。
ということは、私は夢の中でも戦っていたのかな?負けず嫌いは変わらないんだと自嘲してしまう。
「すみません、バイタルチェックだけしますね」
「は、い。お願い、します」
話し掛けてきた看護師さんが問診に脈に血圧と体温をチェック。その結果をPCに入力し、部屋をあとにした。
「良かったよぉ、うぅ」
まだ私のために泣いてくれる人がいた。信じられる人だっている。
孤独じゃないと思わせてくれた実紅の優しさに触れ、涙が頬を伝っていく。
その時、病室のドアをノックされてそちらに視線を向けると、すぐにドアは半分ほど開かれた。
「お嬢様……目覚められて良かったわ。今ご主人を呼ぶから待ってて?」
ドア越しに顔を覗かせたのは、昔お世話になったベテラン看護師。彼女は満面の笑みでドアを閉めていった。
彼女が去った直後、重大なことに気づいた。——ヤツが病院にいるなんて……!
「ま、松井さんーーー!」
気怠い身体を押して看護師さんを呼んでも届くはずもなく。衝動的にナースコールを押しかけた。
ナースコールを枕元に置くと、心臓がバクバクと高ぶり始めてうるささを増す。
「華澄ちゃん……」
一緒に目撃した分、心配させていることに罪悪感を覚えて。頬を緩めた私は口を開いた。
「ふふ、大丈夫!本当にありがとう」
難攻不落のヤツをオスカー助演女優賞レベルの演技を見せて別れてやる。あれは正夢でしょう?