S系御曹司と政略結婚!?
点滴も終わった私は窓際にあるソファ席まで移動し、そこから院内の中庭を眺めていた。
実紅が隣の席で様子を窺っているので平静を装うのも忘れずに。
松井さんが顔を出してから10分ほど過ぎ、別れまでのカウントダウンを刻んでいるみたい。
どんな顔をすれば良いのか分からなくて、和也に会うのが怖い。だけど、悟られないようひた隠す。
優しい緑の生い茂る風景を見ていても心は曇るばかり。
本当に嘘をつく必要があるの?この結論は間違ってない?ここで私が我慢すれば結婚生活は続くよね?
別れたくない気持ちがヤツへの未練と一緒に、最後の最後で逃げ道を作る。
だけど、もう意思は曲げない。——ヤツの幸せを願って身を引く。違った形の愛もあっていいはずだから。
都合良い解釈をする自分を苦笑したその時、勢いよく特別室の扉が開かれる。
現れた和也は息を整えると、滅多に見せない自然な笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
大丈夫って言い聞かせ続けていたけど、やっぱり無理だ。こんなに胸が苦しいなんて思わなかった。
どうして平然と私の前に来られるの?それも演技なの?甲斐甲斐しく妻を労るフリなんて悪趣味だよ?
自分の思惑通りになって嬉しい?私はいらないんだ、もう……。
「来ないで……!」
室内に響き渡る拒否の言葉に、彼の足は目前で止まった。悲しげな瞳と目が合って、傷つけたと伝わってくる。
水を打ったように静まり返った部屋の中で、誰ひとり言葉を発しないでいる。
嫌な女を演じる絶好のチャンスも、台詞が飛んでしまった女優に役目は訪れない。
何度目かの彼の呼びかけに応えず、席を立つとベッドの住人に逆戻り。ついでに頭からすっぽり布団を被ってしまう。
さすがに“S”も今は降臨しない。そこはかとない寂しさに、布団の中で丸まる私からは涙が流れていた。