S系御曹司と政略結婚!?
私は演技派女優!のはずが、いざ対峙すると何も出来ず。悪女めいた台詞も言わずじまいだ。
「社長、再度申し上げます。お気に召さなければ、処遇はお好きなようにどうぞ」
均衡を破ったのは静観していた実紅。立ち上がった彼女の淡々とした口調と居住まいは秘書としてよく知るもの。
とんでも発言に布団を捲り上げた私は、和也の目の前で微笑む彼女を捉えた。
和也と対峙する姿からは弱さが微塵も感じられず、思わず声をかけるのも忘れていた。
その彼女が勢いよく手を振り上げた瞬間、パシン!と乾いた音が室内に響く。
目撃した光景に目を疑った。実紅が和也の頬を平手打ちしたのだ。
力なくその手を下ろした彼女の瞳は真っ赤に染まっていた。
「……ご自分のされたことでどれほど華澄ちゃんを傷つけたのか、何も分かってないっ!
あんな女と……貴方がたは、華澄ちゃんの心を殺すつもりですかっ!?」
力が抜けたようにぺたりと床に座り込み、顔を覆った彼女の泣き声が聞こえ始めた。
頬を叩かれた和也の表情は窺えない。だけど、呆然とその場に佇んでいるようにも映った。
そこで我に返り、急いでベッドから這い出る。少し熱が上がったのか、ふらつきながらふたりの元に向かう。
俯いて泣く彼女のそばでしゃがむと、目の前にある小さな身体をギュッと抱き締めた。
「ご、めんね、実紅……嫌な思いさせて」
和也に対して前置きをしたのも、自分の立場が悪くなる覚悟をしてのこと。……どうして私のためにそこまでしてくれるの?
実紅にとっては、あくまで仕事上の付き合いだとしても構わなかった。
仕事中に初めて楽しいと思える時間をくれた彼女には感謝しかなくて。それなのに信じきれなくて、本当にごめんね。
「あ、りがとぉ……」
「華澄ちゃぁん、ううっ、」
身を呈して守ろうとしてくれる人がいる。空虚感で黒く塗り潰されていた心にあたたかな光が差し込む。
——だから、もう逃げたくない。偽りなく本音で向き合おう、そう感じたの。
病室の電話で松井さんを呼ぶと、実紅を空き部屋で一旦休ませて貰えることになった。
彼女たちが部屋をあとにし、ここには私と和也のふたり。ソファに座ると未だ一歩も動かない彼を見た。
覇気のない表情をした和也の気持ちが読めない。……どうして何も言わないの?