秘密の花園×名なしの森

 無人の受付カウンターを通り抜けて奥のフロアに行ったら、彼女はオレンジスティックやエメリーボードなどの道具の整理をしていた。今の時間は予約が入っていないみたいで、お客さんはいない。

「あれぇ、くぅちゃん! どうしたのぉ」

 『Serendipity』オーナーの春田萌(はるためぐみ)さんは、おっきな目をぱちくりさせながら言った。京都ではあまり聞かない、名古屋独特のイントネーションが耳に心地よい。

 萌さんは、お母さんのお気に入りのネイリスト。ちょっと天然っ気のある、素敵なお姉さんだ。そして、『Serendipity』はあたしのバイト先でもある。

「今日、バイトやなかったでしょぉ?」

 萌さんはちょこんと首を傾げる。肩に掛かる、くるくると巻かれた明るい茶髪がふんわりと揺れた。その仕草が小動物みたいで可愛い。あたしは彼女に見とれながら、笑って誤魔化した。そして、彼女の真向かいの席に着く。

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