あ甘い恋は、ふわっと美味しく召し上がれ
初出勤

人の波に押し出されるようにして恵比寿駅で改札を出た。

流れに逆らわず、流されるようにして目的地までたどり着く。

『流れるようにって』何だろう。

そうアドバイスされたけど、最初は意味が分からなかった。
気にしないでマイペースで歩いていると、後ろから来た人に何度も追突された。

人の流れに従って、逆らわず。
そうか、そういう意味だと分かった。

何事も経験が大切だ。

『東京に行ったら』と、前置きされて、直属の上司だった月島マネージャーが、気を付けることを一覧表にしてくれた。
本当にお節介な男だ。

彼は、時々本気なのか、からかってるのか分からない事がある。たいていの時は真剣なんだけど。彼の話を真に受けて、何度か恥ずかしい目に合ったこともある。

でも、今みたいにちゃんと聞いておくといいこともある。


東京というのは、忙しいところだ。
流れる時間も早いんじゃないかなって思う。

眉根を寄せて、難しい顔をした人たちが群れを作って歩いてる。
何だかみんな、駅から黙々と墓場にでも向かっているように歩いている。

それにしても、みんな辛そうだ。
月曜の朝がどうして、そんなに苦しいのだろうか。


少し視線を違うところに向ければ、ところどころ春の兆しが見えて来て、よく見れば桜の花や、新芽の薄い緑色が目につくはずなのに。

誰一人気に留めることなく歩いて行く。


私は、流れに逆らわずに春の兆しを探しながら歩いていた。

そうして、駅から5分ほど歩いて目的地に着いた。




勤めている会社の本社ビルを見上げる。


東京恵比寿にある、エビスヤ本社ビル。


ビルの側面が白くて、前面がガラス張なのが都会的な気がする。

私は、建物の全体像が見たくて、ビルの敷地の前で立ち止まった。


駐車場の入口が小さな広場のようになっていて、そこには、木々が植わっている。
その広場が、小さな公園みたいになっていて、ビルが周りのビルから独立しているように見える。

ビルがすっとまっすぐ立っている。

誰も頼りにしていない姿が、潔くてどこか凛として見えた。



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