あ甘い恋は、ふわっと美味しく召し上がれ
私だけに見せる顔
改めて、課長を前にする。
二人でお酒を飲むのは、二度目だ。
お店の人が、静かにゆっくりできるお部屋に場所を移してくれた。
さっきまでの騒がしさが嘘のようだった。
それが、困ったことになった。
課長を前にして、私は、何を話したらいいのか分からず、ずっと黙ったままでいる。
何か言ってください。
何を話したらいいのか分からない?
こんなこと珍しいのだ。本当に。
今まで経験がないっていうぐらい、どうしていいのか分からない。
しかも、相手は私が黙ってても全然気にしてない。
藤原課長は、長い指でジョッキを持ち上げると、薄い唇にそっと近づけた。
唇が開き、すっと上を向いた時の、ビールを飲むたびに動く喉仏が色っぽい。
色っぽい?
課長が色っぽい?
色っぽいって、セクシーだと思ってるの?
だって、銀縁メガネだよ?
それに、相手は私のこと、出来の悪い部下としか思ってない。
これまで、仕事でもプライベートでも、人を前にして、何を話したらいいのか分からないなんて思ったことなんてない。
こんなに、人を前にして緊張したことなんてない。
営業が天職だと思ってるから、初対面の人でも全然接点がない人でも、一方的に話をすることは苦にならない。
この人は、仕事を離れると、ぽつりぽつりと必要なことしか言わない。
余計なことは言わないけど。
存在感がある。
会話はないけど、静かに向き合って座ったままこうしているのもいいなと思う。
ビールを飲み終えて、静かに日本酒を飲み始めた課長。
余計に口数が減って静かになった。
「この刺身は美味しい」
丁寧に、箸でつまむとゆっくりと、あの唇が……
何見てるんだろう。私。
「はい」
お刺身のことなんかより、私のこともう少し気にして欲しいです。
料理もおいしくて、お酒も進んで時間のたつのも忘れてしまった。
課長といると心地いいなんて思ってる。