あ甘い恋は、ふわっと美味しく召し上がれ



キスされちゃった。


されちゃったんじゃなくて、私からしたんだけど。



重ね合った唇、肌が触れあったところ。
彼の手に愛撫されたあと。

重ねられた時の、彼の体の重み。

思い出して、全身の神経が逆立ちそう。



ずっと見てたのは、惹かれていたからだ。



こうして離れてても、感覚を忘れないように触れあっていたい。

服の上からじゃなくて、直接肌に触れたらどんな感じがするんだろう。


次に二人きりで会った時は、どうなるんだろう。

恥ずかしくて顔見られないかも。
どうしよう。

なんて、少しは希望を持ってたのに。



「栗原」

気持ちの高ぶりも何も、あったもんじゃない。
いつもの、ピンと張った背筋のまま。

どっちかっていうと、相手を叱るときに近い、声のトーン。

「はい!」

威嚇する時の、メガネの位置を直すパフォーマンスも忘れてない。

普段通り、寸分たがわない、いつもの課長の姿だ。

私は、すっと立ち上がって、彼の元へ行く。
少しは、優しい言葉でもかけてくれないかなと期待して。


「セミナーの企画書出来上がってるか?俺の記憶では、提出期限はとうに過ぎてるはずだが」
優しい言葉など欠片も見えない、冷徹メガネが言った。

「ん?」ちょっと待って。そんなことがあったような。

全然、いつも通りにお話しされてますけど。

その唇で、私に何をしたのかお忘れですか?

「期限だけじゃなくて、企画そのものが記憶から消えてるのか?」

その、涼しすぎて冷たいほどの眼差し。
あの時の、熱い眼差しは、いったいどこへ忘れて来たの?

「そ、そんな滅相もない」

どうしたんだっけ。
国崎君といろいろ考えてるうちに、絞り切れなくなって、そのままにしてたんだっけ。

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