あ甘い恋は、ふわっと美味しく召し上がれ
「遅くなるから、そろそろ帰るか?」
国崎君が時計を見る。

「家どこだっけ?」

「会社方面に戻るって感じかな」

「そっか、そろそろ帰らなきゃね」

彼は、すっと姿勢を正して言う。
「なあ、俺、これでもまだ期待してるんだけど」

「なに?」

「ホント、食えねえやつ。まあ、いいさ。家まで送るから。帰るぞ」

「うん」


商店が店じまいし、人通りが少なくなった夜の街を、二人で歩く。

背の高い彼と並ぶと、もう少し、ヒールの高い靴を履いても彼の方が高い。

彼は、狭い道を車が通り過ぎるたびに、私の体を引き寄せて車から守ってくれる。

こういうのは、自然に体が動くって感じだ。


アパートに通じる路地に入ったときに、後ろからバイクが通り過ぎた。


国崎君は、バイクだってわからなかったのか、狭い路地に車が通り過ぎるときみたいに、私をコンクリートの塀に押し付けた。

「バイク行っちゃったよ」
バイクをやり過ごしても、彼は私を腕の中に残したままだった。

「ごめん、もう少し。このまま」

路地に入って、人通りはなかった。
電信柱の陰に隠れて、人が通ったとしても、気にも留めないだろう。


「こんなところで、何だから、部屋に来る?」

「おい、お前、言ってる意味わかってるか?」

「そっか……
そうだね。ちょっと気が早いか」


彼の顔が近づいてきて、唇が重った。

「今日は、これだけにしとくか。お礼もらったから」

じゃあな、しばらく見つめあって、もう一度お互いの体の感触を確かめるように抱き合った。

「お休み」

そう言って彼は帰って行った。

国崎君は、本当にいい人だ。


国崎君は、私にはもったいないくらいの人物で、もちろん、私もそういう意味で部屋に誘ったんだけど。


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