エースとprincess
私は喝を入れようと、大袈裟な振りで全員の腕を叩いてまわった。結構痛かったかもしれない。交わそうと身をよじった人には一歩踏み込んで仕留めた。最後の瑛主くんだけがそれを手のひらで受け止め、未遂に終わった。他の三人は揃って腕をさすりながらそれを遠巻きに眺めていた。
「そうだ。姫の暴走をくい止められるのは……おまえだけだ」
「あとは任せた、エース」
「俺たちの切り札」
「希望の星」
三人は笑いながら、これ以上の難はごめんだとばかりに速やかに退散した。そして瑛主くんと私が取り残された。
「すみませんねー、今の。大事な商談かなにかでした?」
瑛主くんがいつまでも三人が去っていった方向を向いているものだから、注意を引きたくて適当なことを言った。すると視線がこちらに落ちてきた。
「姫里さ、俺のことも応援したけど……がんばっていいの?」
いつになく迷いのない澄んだ目をしていた。ここが会社でなかったら、ずっとそうやって見つめていてほしいくらいの静かで真摯な眼差しに、私はしばらく返事を忘れた。
「姫里」
「あっ、はい。えっと、なんでしたっけ?」
「なんでしたっけじゃないよ」
まったく、と、呆れるというよりはしょうがないなあという親しみのこもった笑みを返される。それが嬉しくて、いてもたってもいられなくて、私はまた悪ふざけのような冗談を言い、瑛主くんの表情が緩むのを待つのだ。
同じ職場の女は恋愛対象外だとはっきり言われたのに、気まずさは感じなかった。山田さんを介して瑛主くんの過去の話を聞いていたのが大きい。今の彼は過去のせいで人を信じきれず、挙げ句の果てには峰岸さんにとらわれてしまっている。だったらさっきの発言は、根深い呪いが生みだしたものに過ぎない。
私にできることはなんだろうと一晩考えた。
翌日、いつもの時間、いつもの場所に立つ峰岸さんに私は声を掛けた。
「こんにちは。今日は私がお相手します」
目を細め、え、と聞き返す峰岸さんに、私はただにっこり笑って、姫里です、と名乗る。
「姫里さんね。どうしてあなたが? 谷口くんは?」
「主任はまだ仕事です。あがりが何時になるかわからないから代わりに行ってくれ、と頼まれました」
行きましょう、と夕刻の明るい道を並んで歩くよう促す。頼まれたというのは嘘だった。私は峰岸さんに勝負を挑むつもりでいる。